NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「過剰診断」とは何か

早期発見・早期治療が常に良いとは限らない

癌は早期発見・早期治療が大事だと言われているが、いつでもそうだとは限らない。他のあらゆる医療行為と同じく早期発見・早期治療にはメリットと同時にデメリットがあり、そのバランスを考える必要がある。早期発見・早期治療のデメリットの一つが、過剰診断である。ここでは、過剰診断とは「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」と定義する*1。癌を早期発見しようとすると、治療せず放置しても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない癌を診断してしまう恐れがある。

癌を放置しておいても自然に治癒することはなく、局所浸潤したり転移したりして治りにくくなると一般に思われているためか、癌の過剰診断について理解が得られにくいことがあるようだ。まず最初に、過剰診断の典型的な事例を考えることが理解の助けになるだろう。前立腺癌の死亡率と比較して、前立腺癌の有病割合は高い。特に高齢者ではこの差は顕著である。死因が前立腺癌ではない男性の前立腺を解剖して詳しく調べてみると、数十%の割合で前立腺癌が見つかることが知られている。このような人たちが亡くなる(たとえば)1年前に、前立腺癌と診断することは過剰診断である。過剰診断は無用な治療(過剰治療)を招く。また、治療を行わないにせよ、余計な追加の検査や心理的な不安を招く。前立腺癌検診が前立腺癌による死亡を減らすかどうかは議論があるが、検診が癌死を減らすと主張する論者でも、余命が長くない高齢者に対する一律の前立腺癌検診は勧めていない。高齢であればあるほど、早期発見によるメリットは小さく、デメリットは大きくなる。

乳癌や肺癌、癌以外の病気でも過剰診断は起こり得る

過剰診断が起こるのは前立腺癌のようにゆっくり進行する例外的な癌だけだと思いたくなるが、実はそうではない。乳癌や肺癌でも過剰診断は起こるという強い証拠がある。その証拠は癌検診の効果を評価するために行われた無作為化比較試験から得られた。説明のためにざっくり簡単に言うと以下のような感じである*2

乳癌検診の有効性を評価する目的で、無作為に振り分けられた対照群100人と検診群100人を長期間、生涯にわたってフォローアップした。対照群では乳癌と診断され治療を受けたのは100人中7名でうち4人が乳癌で死亡した。一方で、検診群では乳癌と診断され治療を受けたのは100人中10人で、うち2人が乳癌で死亡した。対照群は検診を受けないので、乳癌と診断された7名は皆、乳癌が進行し何らかの症状を自覚してから診断された。




仮想的な癌検診の例

100人中4人の乳癌死を100人中2人に減らしたのは検診による早期発見・早期治療のおかげである。しかしながら一方で、乳癌と診断された人数は、検診によって100人中7人から100人中10人に増えた。この増えた分の3名が過剰診断である。この場合、乳癌検診によって2名の乳癌死を減らす代わりに、3名の過剰診断が増える。乳癌検診は有効だとされているが、過剰診断が無いわけではない。症状のない人から癌を見つけ出す癌検診において、頻度はともかくとして一定の割合で過剰診断が生じることは原理的に避けられない。

なお、過剰診断は癌以外の病気でも問題になる。たとえば、治療しなくても生涯にわたって何も症状を起こさない高血圧や糖尿病を見つけることは過剰診断である。自覚症状のないうちにこれらの病気を診断することは、将来の脳血管障害や心筋梗塞を予防することに役立つ一方で、治療せずに放っておいても大丈夫であった人も病気であると診断してしまうことにもつながる。

過剰診断は、検査や治療を受けるかどうかの意思決定のための一要素である

過剰診断の存在を指摘すると、「だったら手術は不要ということなんですかね?」という反応が返ってくることがある。医療行為を受けるかどうかはメリットとデメリットの両方を考えて決めるという原則が十分に知られていないことが、こうした反応の一因と思われる。無症状で癌を発見することには、一定の割合で過剰診断というデメリットが存在する。そのデメリットを上回るメリットが存在するならば、検診や治療を受けた方が良いだろう。

個人レベルにおいて、がんが診断された時点で、過剰診断かどうかを判断することはしばしば困難である。確実に判断するには無治療で経過をみるしかない。その癌が進行して症状を呈する前に別の死因で死亡すれば、過剰診断であったことが確定する。だが、このような判断方法は臨床の場での意思決定には役に立たない。現実的には、さまざまな情報から過剰診断である確率を推測するしかない。

たまたま発見された高齢者の小さな前立腺癌が過剰診断である確率はきわめて高い。一方で、検診で受けた胸部レントゲンにおける多発肺転移をきっかけに診断された大腸癌は、過剰診断である確率はきわめて小さいだろう。検診で発見された乳癌はその中間である。上記した仮想的な乳癌検診の事例では、検診で発見された乳癌のうち、30%が過剰診断である(100人が検診を受け、10人が乳癌と診断され、3人が過剰診断)。

過剰診断である確率だけでなく、どのような治療介入を行うかも、治療を受けるかどうかの意思決定の重要な要素である。乳癌と比較して、大腸ポリープ切除術(ポリペクトミー)における過剰診断が問題視されることは少ない。大腸ポリープの大半は無症状に留まり、大腸癌に進行し症状を引き起こすのはごく一部であるにも関わらずだ。大腸ポリープ切除術は、重篤な合併症が生じることはあるとしても稀で、ほとんどの場合は安全に後遺症もなく施行できるからである。一方で、乳癌に対する治療は大腸ポリープ切除術と比べて患者さんの負担が大きい。

原則としては、患者さんに対し十分な情報が提供され、専門家との協力の上で、患者さんが治療方針を選択する。同じような病態でも患者さんの価値観によって治療方針が異なることもありうる。検診で発見された乳癌についての仮想的な事例において、「過剰診断である可能性が30%もあるのなら、進行して手遅れになるリスクを承知の上で、注意深い経過観察がいい」という患者さんもいれば、「過剰診断である可能性がたった30%程度なら、いますぐ手術を受けたい」という患者さんもいるであろう。

過剰診断が増えると、罹患率は増えるが死亡率は変わらない

無症状なのに検査を受ける人が増えたり、検査の精度が上がったりすると、過剰診断が増える。他の条件が変わらない場合、過剰診断が増えれば、病気だと診断される人は増える一方で、その病気によって死亡する人は減らない。よって、罹患率は増えるが死亡率は変わらない。逆に言えば、経時的に罹患率が増えているが死亡率が変わらない場合は、過剰診断の存在が示唆される。以下に、Welch and Black*3より図を引用しよう。





Welch and Black, Overdiagnosis in cancer., J Natl Cancer Inst. 2010 May 5;102(9):605-13より引用。全文は■Overdiagnosis in Cancerで閲覧可能。

左が疾患の真の増加が示唆されるパターンで、右が過剰診断が示唆されるパターンである。「示唆」というのは、観察研究では他の条件が変わらないことが保証されないからである。条件次第では、過剰診断がなくても、「罹患率は増えるが死亡率は変わらない」パターンをとることはありうる。たとえば、早期発見しても助からない人を検査で見つけるようになれば、(少なくとも一時的には)罹患率は増えるが死亡率は変わらない。

あるいは、放置すれば死亡の原因となる癌が実際に増加してる一方で、治療法の進歩や早期発見によって死亡率が低下している場合も、「罹患率は増えるが死亡率は変わらない」パターンをとりうる。ただし、真の増加の効果と、治療法の進歩による死亡率低下の効果がぴったり一致している必要がある。罹患率増加・死亡率不変のパターンを説明しうる別の説明はタイムラグだ。経過の長い癌の場合は、早期発見によって死亡率が低下するとしても、その効果はすぐには見えてこない。放置すれば10年後に死亡するが早期発見・早期治療によって死亡を回避できる癌をバンバン早期発見すれば、罹患率はすぐに上がるが死亡率が下がるのは10年後である。

過剰診断は、誤診や偽陽性と異なる

過剰診断を、誤診や偽陽性と混同する誤りはよく見られる。しかし、過剰診断は誤診や偽陽性と異なる概念である。誤診や偽陽性がまったく無くても、過剰診断は起こり得る。

誤診は、たとえば癌ではない病気を誤って癌であると診断することである。めったにないことだが、CTやエコー検査によって癌であると手術前に診断し、手術後に切除した腫瘍組織を詳しく調べてみたところ、癌ではなく良性腫瘍であったと判明することがある*4。これまで述べてきた過剰診断は、こうした誤診ではなく、切除前、あるいは切除後の病理検査で確かに癌であると診断されたものについて起こりうるものである。

偽陽性は、検査において、実際には病気でないのに誤って病気であると判定することである。多くの人を対象とする癌検診では偽陽性者が多く出る。しかし、誤診と違って、偽陽性者が癌の治療まで受けることは普通は無い。癌検診では、まずはスクリーニング検査で疑いのある人を拾い上げ、精密検査によって本当に癌であるかを判断する。スクリーニング検査の段階で多くの偽陽性者が出ることは織り込み済みである。ただし、最終的に癌ではないと診断されるにせよ、偽陽性は余計な検査や不安を招くという不利益がある。

誤診や偽陽性は考慮すべき問題であるが、過剰診断とは異なる概念であることを十分に認識しなければならない。誤診や偽陽性を減らすには、より正確な、より綿密な検査が望ましいが、そうした検査がかえって過剰診断を増やしうるからである。

過剰診断は近藤誠氏の「がんもどき理論」を正当化しない

近藤誠氏の「がんもどき理論」とは、すべての癌が、初発がん発見のはるか以前に転移している「本物のがん」か、放置しても転移が生じない「がんもどき」のどちらかに属するとする主張である*5。近藤誠氏は、「がんもどき理論」によって、癌検診の有用性を否定したり、癌の「放置療法」を勧めたりしている。しかし、「がんもどき理論」は医学的には根拠がない。近藤誠氏の主張を信じてしまうと、癌検診や癌治療を避けることで患者さんに不利益が生じる。

過剰診断についての議論が、「近藤誠氏のがんもどき理論は正しい」という誤解を招くことを強く危惧する。残念なことに、日本においては「がんもどき理論」は広く知られている。過剰診断について述べられるときには、同時に、過剰診断の存在は「がんもどき理論」を正当化しない、というメッセージも発せられることが望ましい。

一見、過剰診断と「がんもどき」には似ているところがある*6。過剰診断も「がんもどき」も、どちらも治療は不要で放置したほうがいいだろう。あるいは、原発巣の発見時にはすでに転移している「本物のがん」が存在していることも、異論は無い。「がんもどき理論」の決定的な誤りは、癌が「本物のがん」と「がんもどき」のどちらかしかない、という主張にある。

実際にはその中間の「早期に発見すれば転移する前に治癒切除可能」な癌も存在する。癌検診が癌による死亡を減らすことを示した複数の無作為化試験から明らかである。対象集団や癌の種類によっては死亡を減らすことが証明できなかった癌検診はあるし、癌死を減らすとしても過剰診断その他のコストに見合わないということもあろう。しかしながらそれは、それぞれの集団、癌の種類、検診方法などを個別に検討しなければならない。患者さんの意思決定は正しい情報が提供された上で行われるべきで、「がんもどき理論」のような誤った情報は有害無益である。


外部リンク

過剰診断に関して多くの論文が出ている。本エントリーでも引用し、あるいは内容も参考にしたWelch and Black(2010)をリンクする。過剰診断の論点がまとまっており、全文が閲覧可能である。


日本語による解説も複数ある。信頼のおけるページをいくつか紹介する。

*1:ここで挙げた定義以外で「過剰診断」という言葉が使われることもある。たとえば、ただの風邪を肺炎と診断してしまうような、軽症である疾患を誤って重症であると診断することを「過剰診断」と呼ぶこともある。どの使い方が正しいとか間違っているということではないが、「過剰診断」という言葉には複数の意味があるため注意が必要である

*2:説明のために単純化した上に仮想的な数字を使用した。当たり前だが実際に行われた臨床試験の結果の解釈はもっと複雑であるし、こんなには乳癌死を減らさない

*3:Welch and Black, Overdiagnosis in cancer., J Natl Cancer Inst. 2010 May 5;102(9):605-13

*4:その良性腫瘍が、治療せずに放置しても生涯に渡って症状を呈したり、死因になったりしないものであれば、結果として過剰診断ということにはなる

*5:『がん放置療法のすすめ』、近藤誠著、文春新書、P11

*6:細かいことを言えば、近藤誠氏の言う「がんもどき」は、転移はしないが局所で増大あるいは周囲の組織に浸潤して症状を引き起こす場合もあるので、厳密には過剰診断とは異なる。ただ、このような細かいことは本エントリーの議論には影響しない