採血や点滴の際には末梢の静脈を刺す。末梢の静脈の太さには個人差があり、太い静脈であれば穿刺は容易であるのだが、細い静脈だと失敗することがある。何度も針を刺されたという経験をお持ちの読者もいらっしゃるだろう。末梢静脈の穿刺の成否は医療者の技量に大きく左右される。医師になりたてのころ、研修医同士でお互いの血管を刺して練習をしたものだ。
末梢静脈と言えども穿刺に失敗したら血腫などが生じうるし、そもそも刺したら痛いのでなるべく失敗しないほうがよいに決まっている。通常は刺すべき静脈は視診および触診にて探すのであるが、「照射するだけで血液中のヘモグロビンを可視化し、血管(皮静脈)がどこにあるのかが簡単にわかる装置」がある。
■科学の進歩!血管を浮かび上がらせる医療機器「AccuVein」がすごい - feely
写真をみてもわかる通り、血管の位置がくっきり浮き出ているのはもちろん、血管の太さまでわかってしまうのはすごいです。
これなら、誰でも簡単に針を刺して採血することができそうです。
これはなかなかインパクトがある。正直言って、欲しい。しかしながら、「誰でも簡単に針を刺して採血することができ」るかどうかと言えば疑問である。なぜならば、採血に成功するかどうかの要因は、静脈の位置だけではないからである。まさにそこに見えている静脈の穿刺に失敗することだってあるのだ。どのような血管が穿刺しにくいのか。漫画・『おたんこナース』から引用しよう。
佐々木倫子作の『おたんこナース』の第一話は、主人公の看護師が通勤中に他人の腕の採血のしやすさの品定めをするシーンからはじまる。
佐々木倫子作、『おたんこナース』、第一巻より引用
採血困難な腕を憎む気持ち、わかりすぎる。『おたんこナース』は綿密な取材を元に描かれていると思われるリアルな医療現場の描写と、もちろん漫画としての面白さも兼ね備えた名作だと思う。
さて、『おたんこナース』で採血しにくい例として提示されているのは、「固太りのため奥に沈んだ血管」「見えているがもろい血管」「細くて弾力のない血管」である。血管を浮かび上がらせたとして、もろい血管や細くて弾力のない血管はやはり穿刺しにくいのではないか。
臨床の現場で血管を浮かび上がらせる装置が役立つかどうかは、実際に検証してみないとわからない。患者を二群に分け、一方の群では血管を浮かび上げる装置ありで穿刺し、もう一方の群は装置なしで穿刺して比較してみればよい。
この装置の商品名である"AccuVein"についての医学論文を検索してみたら、末梢静脈の穿刺に関する論文が3件見つかった。しかも無作為化試験であった。「血管を可視化する装置を使うと静脈穿刺の成功率は上がるのか?」という疑問をきちんと検証し、しかも無作為化試験という質の高い方法を用いたのは素晴らしいことだと思う。
- ■A randomized controlled trial comparing the... [Paediatr Anaesth. 2012] - PubMed - NCBI
- ■Near-infrared light to aid peripheral intravenou... [Anaesthesia. 2013] - PubMed - NCBI
- ■Efficacy of AccuVein to Facilitate Peripheral... [Acad Emerg Med. 2014] - PubMed - NCBI
いずれもサマリーのみ参照した。1件目と2件目は小児が、3件目が成人が対象。残念ながら、3件ともに、装置の利用が静脈穿刺の成功率を改善するとは言えないという結果であった。3件目の論文によれば、「オペレータによる評価はポジティブであるよりもしばしばネガティブ」だったとのこと。この手の医療機器は以前からあるが、いまいち普及していないのは、この辺りが原因なのかもしれない。
この装置がまったく役に立たないと決まったわけではなく、たとえば教育などには使えるであろう。あるいは、対象患者を選べば差が出るかもしれない。しかしながら、「これさえあれば簡単に失敗せずに静脈穿刺ができる」というほど便利なものではないようだ。