NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

混合診療のメリットとデメリット

最近、TPP関連で混合診療がよく話題にあがる。混合診療の問題は複雑である。「混合診療に反対している連中は既得権益を守っているだけ。がん難民のためにも今すぐ混合診療は全面解禁するべき」という意見も、「混合診療を解禁してしまうと、マイケル・ムーアの『SiCKO』のような、貧乏人がまともな医療を受けることができなくなる酷い制度になってしまう。絶対反対」という意見も、どちらも極端である。この両極端の意見の間のどこかに妥協点を見つけるのがいいだろうと私は考える。


混合診療とは何か?

混合診療とは、保険診療と自由診療(保険外診療)の医療を併用することを言う。現在の日本では、混合診療は原則として禁止されている。たとえば、医療費が20万円の保険診療を受けると、自己負担割合が3割の人は、6万円のみ支払えばいい。14万円は保険者が支払うことになる。さらに、10万円の自由診療を同一の医療機関で受けたとする。混合診療が禁止されていなければ、患者の自己負担は、20万円×3割負担+10万円=16万円である。しかし、混合診療は禁止されているので、保険診療の部分も全額自己負担となり、合計30万円の自己負担となる。





混合診療が解禁で患者の自己負担はどれぐらい変わるか(一例)

混合診療禁止のデメリットは?

自由診療を受けたい患者の選択肢が狭まることがデメリットである。上記の例では、16万円ならなんとか出せても、30万円は出せないという患者は、自由診療分の医療を受ける選択肢はあきらめざるを得ない。

これまで混合診療が問題になったケースの多くは癌である。現在は固形癌に対する化学療法が進歩し、保険診療内でもそれなりの治療を受けることが可能であるが、それでも「保険診療内で可能な治療はもうありません。対症療法のみ行いましょう」というケースが生じうる。海外で十分なエビデンスが得られている治療法があれば、保険適応が通ってなくても試してみたいと患者や医療者が思うのは当然である。しかし、混合診療が禁止されているため、保険適応が通っていない治療を受けるには、併用する治療や検査費用、入院費用もすべて全額自費となる。


混合診療解禁のデメリットは?

複数ある。たとえば、質の低い医療が行われかねないこと、保険給付範囲内の医療が狭まりうること、結果的に医療格差が広がること。


混合診療解禁によって行われる質の低い医療とは具体的にどのようなものか?

現在でも自由診療にて、エビデンスが十分に得られていない医療が行われているが、混合診療を全面解禁にすることで、これが広がりうる。たとえば、入院中に保険診療外の代替医療を行えば、現行の制度では入院費も全額自己負担にするか、代替医療部分は無料にするかしかない。しかし、混合診療が全面解禁になれば、入院費の部分は3割負担でよい。これまでは癌に対する自由診療は外来のみのクリニックが主流であったが、仮に混合診療が全面解禁されれば検査を兼ねた1泊入院で行うところが出てくると私は予想する。

他にも、通常の外来での保険診療に加え、オプションの自由診療部分を付加価値として提供できるようになる。風邪にビタミン注射は効果がないため、現在では保険診療内でむやみにビタミン注射を行えば、保険者から査定される。つまり、保険者から医療機関に対して7割分の医療費が支払われない。しかし、混合診療枠でビタミン注射を行えば、保険者による査定を気にしなくてもすむ(参考:■ビタミン注射もいかが?混合診療解禁問題)。現在でも、「点滴バー」などと称してビタミン注射を自由診療枠で行う医療機関もあるが、混合診療解禁によって、病気で受診した患者にビタミン注射を勧めることが可能になる。


自由診療枠が増えれば競争原理によって医療の質は高まるのではないか?

医療においては情報の非対称性があるので、競争原理だけでは質は高まらない(参考:■医療と自由競争)。混合診療解禁によって、患者満足度は上がるかもしれないが、コストに見合うほどの医療の質の向上は起こらないだろう。基本的には、保険適応となっている医療はエビデンスがあるものであり、また、医療費の7割以上を支払っている保険者からの監視は、医療者が適正な医療を行う動機となる(参考:■国民皆保険制度がわりとうまくいっていた理由)。日本の医療はコストパフォーマンスに優れ、その要因の一つに国民皆保険制度があるとされている。医療の質を保つには自由競争以外のなんらかの仕組みが必要と思われる。


混合診療解禁によって保険給付範囲内の医療が狭まりうるとはどういうことか?

混合診療を解禁しても、直ちに保険給付範囲内の医療が縮小されることにはならない。しかし、将来において、本来は保険適応とすべき新しい有用な医療が保険適応されなくなることが危惧される。混合診療解禁を推進する立場の規制改革・民間開放推進会議は、保険診療が縮小された制度を「本来目指すべき制度」としている(参考:■混合診療解禁で保険診療が縮小されるのはガチ)。また、製薬会社も、保険適応をとるインセンティブが小さくなる。混合診療が禁止されていれば、日本で薬を売ろうとするならばなんとかして保険適応を取らなければならない。しかし、混合診療が解禁されて一定の売り上げが見込めるのであれば、無理に保険診療を取らなくてもいい、取りにいかないほうがいいと判断されることもあるだろう。ただし、混合診療を解禁しても、これまで通り有用な医療が保険適応とされる何らかの仕組みがあれば、この点においてはデメリットとならない。


混合診療解禁で格差は広がるのか?

将来はおそらく格差は広がる。現在でも、大金持ちは自由診療で好きな医療を受けられる一方、混合診療が禁止されているので保険内診療しか受けられない層がある。混合診療を解禁した直後であれば、ある程度の余裕のある人たち(最初の例で言えば「16万円ならなんとか出せても、30万円は出せない」ような人)が、自由診療枠の医療を受けられるようになるだけで、必ずしも格差が広がるとは言えない。しかし、将来、保険診療が縮小すれば、「混合診療ならば何とか可能」という層と、「混合診療でも無理。16万円も出せない。保険診療枠の医療しか受けられない」という層の間での医療格差は広がる。(保険料が払えず健康保険に加入できなかったり、加入者であっても自己負担分を支払うのが困難という層については、混合診療が解禁されようとされまいと変わらない。これは混合診療解禁とは別に考慮されなければならない問題である。対象となる人数は相対的には少ないが、混合診療よりも重要な問題である。)


混合診療解禁で公的保険財政は改善するか?

保険診療が縮小されれば、公的保険財政は改善する(ただし、1泊入院+代替医療のような混合診療が増えると、入院費の7割は保険者から支払われることになるので、その点では保険財政にマイナスになる)。保険診療縮小による公的保険財政改善がメリットとなるのは、保険者(政府・組合など)である。多くの被保険者(患者)にとっては、公的保険が無くなるぐらいであればまだ混合診療解禁のほうがマシではあるが、税金や保険料を上げて公的保険を支えるほうがメリットがあると私は考える。ビタミン注射や代替医療に費やされるであろう医療費を、再分配して保険診療に使うほうが、全体からみたら効率的だろう。(有用であるが高価な新しい治療についても、その分を再分配したほうが全体からみたら効率的であるかもしれない。)


混合診療解禁によって質の低い医療が行われるようになるというが、現状でも自由診療で質の低い医療が行われているのでは?

その通りである。このブログは、医師の資格を持つ人であっても問題のある医療を行う例があることを、何度か取り上げた。ただ、現状でも質の低い自由診療が行われているからといって、混合診療を解禁しても良い理由にはならない。混合診療を解禁すれば、さらに質の低い医療がはびこるであろう。


現状でも、ある程度は混合診療が行われているのではないか?

その通りである。A病院で癌に対する標準医療を保険診療で受け、Bクリニックで自由診療を受けることは可能である。また、こちらはかなりグレーだ思われるが、「自由診療分は無償で行う。それはそれとして、職員個人宛てに研究費用として振り込め」という抜け道もあるそうだ*1。ただ、現状である程度の混合診療が行われているからといって、混合診療を全面解禁しても良いことにはならない。混合診療解禁によって同一の医療機関で保険診療と自由診療が併用可能になるが、メリットおよびデメリットがある。メリットは、たとえば、同一の医療機関のほうが情報を共有しやすいことである。Bクリニックで行われた治療内容をA病院の医師が知らない、などということが起こりにくくなる。デメリットはこのエントリーで記述した通りである。

現状の制度でも、同一医療機関で混合診療可能なケースもある。厚生労働大臣が定めた「先進医療」は、「有効性及び安全性を確保する観点から、医療技術ごとに一定の施設基準を設定し、施設基準に該当する保険医療機関は届出により保険診療との併用ができる」*2。混合診療は原則禁止しつつ、「先進医療」の枠を拡大して患者の選択肢を可能な限り確保しつつ、有効性・安全性が確認され次第保険適応とする制度が妥当な妥協点ではないかと個人的には考える。


TPPに参加すると、混合診療は解禁されるのか?あるいは、TPPに参加すると、国民皆保険制度は崩壊するのか?

私には分からない。さすがに、TPPに参加しただけで国民皆保険制度が崩壊するとは思えないが、混合診療については「議論される可能性は排除されない」と聞く。当エントリーはTPP参加について意見を述べたのではなく、あくまでも混合診療解禁についての考察である。TPP参加・不参加に関わらず、混合診療解禁については考慮されるべきである。仮にTPPに参加しないことが決定したとしても、また別に混合診療解禁についての議論は起こりうる。