NATROMのブログ

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自己責任論を隠れ蓑にした現代医学否定

日本のホメオパシー団体は複数ある。ビタミンK不投与事件を起こしたのは、日本ホメオパシー医学協会の認定ホメオパスである。日本ホメオパシー医学協会とは別に日本ホメオパシー振興会という団体もある。事件を起こした医学協会とは違うことを示したい気持ちと、ホメオパシーを支持する仲間意識の混ざり合う微妙な距離感があるようだ。日本ホメオパシー振興会代表の永松昌泰氏は、日本ホメオパシー医学協会には深刻な問題があることは確かと言いつつ、一方的に悪者にされ過ぎているところもあるかもしれないと述べている。


■朝日新聞 長野剛さんの電話取材 (永松学長のひとりごと)


私が直接知っている中に、こういうケースがありました。
もう8年前のことです。
 
I 型糖尿病の方が、
「医学協会」の中心的人物のセッションを受けて、
「すぐにインスリンを止めなさい」
と言われて止めたら、
血糖値がどんどん上がって300くらいになったので、
聞いたら、
「好転反応だ」と言われた。
そのうち、道を歩いているうちに、
ぶっ倒れて救急車に運ばれた。
血糖値は500にも達していて、
生死の境をしばらく彷徨った、
とおっしゃる方がいらっしゃいました。
 
しかし、ちょっと疑問な点がありました。
私がずっと昔、共にやっていたときは、
新薬を止めることに関して、
彼女*1はそれなりに慎重だったからです。
(今はわかりませんが・・・)
 
そう思って、ご本人に何度もよく聞いてみると、
実際にはその療法家はそんなことを言ってはおらず、
その療法家の「著書」を読んだご本人が、
止めなくてはいけないのだろう、と一人合点して、
勝手にインスリンを止めていて、
その療法家は、
ご本人がインスリンを止めたことを知らなかったことが判明。
 
また療法家から「好転反応だ」とは言われておらず、
ご本人が勝手に誤解して、そう解釈していた、
ということも判明しました。
 
こういうケースもきっとあるのだとは思います。


1型糖尿病は、かつてインスリン依存型糖尿病と呼ばれていたように、インスリンを中止すると死に至る危険が高い病気である。日本ホメオパシー医学協会の普段の主張から考えるに、インスリンを中止させたり、血糖値上昇を好転反応だと判断したりすることは十分にありそうな話と思われるが、永松氏によれば、日本ホメオパシー医学協会の療法家が明確にインスリンの中止を指示したり、好転反応だと判断したわけではなく、患者本人が勝手に誤解していた、とのこと。仮にそうだとしても、日本ホメオパシー医学協会には問題があることを、永松氏は正しく指摘している。



ただ、問題は、ホメオパスが直接言った、言わなかった、
ということではなく、
ホメオパスが直接言おうが、
本人が勝手にやったことであろうが、
「医学協会」が全体として強烈に発している
「メッセージ」「雰囲気」は、
「安易な医療ネグレクト」の方向に非常に導きやすい、
ということだと、改めて思います。


この部分は完全に同意する。しかし、同時に、永松氏の指摘は、永松氏自身にブーメランとして突き刺さる。前回のエントリー■ハーネマンアカデミー学長の永松昌泰氏は断薬の危険性について十分に説明しているのか?で指摘したように、永松氏は、「(病院からの処方薬)基本スタンスとして、何も変えないことを指導している」と口先では言いつつ、お母さんの「独断」で抗てんかん薬をあげなかった事例を好意的に紹介し、「薬を止めただけで治るケースが後を絶たない」「勝手にやめてしまう人が続出する」と書いた。断薬の危険性についてはほとんど述べられていない。

永松氏の指導を受け、抗てんかん薬を中止し、「ぶっ倒れて救急車に運ばれ生死の境をしばらく彷徨った」事例が生じたとしても、永松氏は、「ご本人が、止めなくてはいけないのだろう、と一人合点して、勝手に抗てんかん薬を止めた。ご本人が勝手に誤解して、そう解釈していた」と言い逃れるであろう。ただ、問題は、永松氏が直接言おうが、本人が勝手にやったことであろうが、「日本ホメオパシー振興会」が全体として強烈に発している「メッセージ」「雰囲気」は、「安易な医療ネグレクト」の方向に非常に導きやすい、ということだ。永松氏は、「本来のホメオパシー」にこだわっておられるが、私から見るとそんなことはどうでもよい。「本来のホメオパシー」かどうかではなく、実際に効果があるかどうか、現代医学を否定しているかどうかに興味がある。特異的効果があるなら、エビデンスを出せ。エビデンスがないなら、せめて、現代医学を否定するな。

彼らが口先だけでは「現代医学を否定しない」と言う理由は、現代医学を避けた結果に対する責任を回避するためだ。新生児ビタミンK不投与事件において、日本ホメオパシー医学協会は、「今回のケースは本人の承諾を得て「K2シロップとらない」かつ「ホメオパシーのレメディーをとる」という選択を母親がしたものです」と述べている*2。つまりは、母親の自己責任というわけだ。実際には、由井寅子氏らは、「ホメオパシーにもビタミンKのレメディー(Vitamin-K)はありますから、それを使っていただきたい」「ビタミン剤の実物の投与があまりよくないと思うので、私はレメディーにして使っています」などと言っていた*3。母親が「K2シロップとらない」という選択をしたのが事実だとしても、それは日本ホメオパシー医学協会による虚偽の説明のせいだろう。

ちなみに、虚偽あるいはミスリーディングさせる説明と選択の自由をセットにする手法は、ホメオパシー団体に限らず、インチキな代替医療を勧めるときによく使用される。「現代医学では治らないばかりかむしろ害がある。一方で、この代替医療はこんなに効果がある。しかし、あなたには選択の自由がある。私は強制しない」というわけだ。選択の自由など自明なことだ。問題は、説明が適切か否かである。


関連リンク集

■面接官「特技はホメオパシーとありますが?」 - Not so open-minded that our brains drop out. 日本ホメオパシー医学協会のホメオパスが使用する「ホメオパスの責任回避とユーザーへの責任転嫁のための」同意書。
■事件とは無関係の日本ホメオパシー振興会の言い分〜穏健なホメオパシー団体には自浄作用が期待できるか? - Not so open-minded that our brains drop out. 日本ホメオパシー振興会の予防接種への態度。

*1:引用者注:日本ホメオパシー医学協会会長の由井寅子氏のことだろう

*2:ホメオパシーでは死んでいない!山口地裁での和解を「ホメオパシーで長女死亡」と事実を捏造して朝日新聞が配信。(日本ホメオパシー医学協会)URL:http://www.jphma.org/About_homoe/jphma_answer_20101222.html

*3:■ホメオパシー訴訟の和解がもたらした最大の成果 - NATROMの日記