NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

アナフィラキシーショックをホメオパシーで治した!スゴイでしょ!

「nina's[ニナーズ]」という雑誌にホメオパシーの体験談が載っていると聞いて、購入してみた(2010年9月号[平成22年8月7日発売])。子育て中の女性をターゲットにした雑誌のようだ。UA(ウーア)という女性シンガーソングライターが表紙で、UAさんのインタビューで、ホメオパシーの体験談が出てくる。一昨年の自宅出産の際、助産師からホメオパシーなどを受けたという。



そんなお産も、1ヶ月前までは旦那さんと何度も話し合った。「うちの主人は私なんかが足元にも及ばないような野性児で。自分は妹たちのお産も全部付き合ったし、馬も牛の出産も経験してると。助産師さんを呼ぶのにお金がかかるなんて信じられないと言うんですよ。でも自分は不安だし、彼の言っていることも正論だし…けっこう自分の心身を問われる時間でした」。最終的には彼女の意見を尊重してくれ、助産師さんを呼んでの出産が実現。「助産師さんはイトーテルミーという温灸とか、ホメオパシーや鍼灸等いろいろしてくれて、そういうの大好きだからすっごい幸せだった!」(nina's 2010年9月号 P8)


夫の意見が、「自宅出産で大丈夫なのか。病院でなくていいのか」ではなく、「助産師さんを呼ぶのにお金がかかるなんて信じられない」というのが興味深い。以前も述べたが、リスクを承知の上でなら、自宅出産という選択肢があっても良いと私は考える。助産師による代替医療も、十分なインフォームドコンセントの上でなら許容できる。こういう記事を載せる場合は、編集部が自宅出産のリスクについても一言述べるのが望ましいと思うが、リスクについての言及がなくても仕方がないところだろう。UAさんは、問題なく自宅出産できたようである。また、助産師から受けるだけではなく、セルフケアにもホメオパシーを利用している





nina's 2010年9月号 P11より引用(引用者によって改段落を成形した)



そんな状況で彼女の良き相談相手になってくれているのが、長男が通う学校の同級生の母親たち。「本当に素晴らしいお母様方ばっかりなんですよ。彼女たちがいるから息子のことも、勇気を持って立ち向かえているのかも。私はクラスで一番若い母親なんですけど、こないだも叱られちゃって…」。UAが叱られてしまうというのも意外だけど、それにはこんないきさつが…。「ある晩、旦那がスズメバチに刺されちゃって、もう5回目だったからショック状態になっちゃって。それで“気を失ったらコレを打ってくれ”って“劇”って書いてある注射を渡されたんだけど、それを打つのがすっごいイヤで。それで近くのホメオパスに急いで行って、レメディをもらってきてそれを15分おきに口に入れて、お風呂にミネラルの塩とワカメとドクダミ、よもぎとビワの葉を煎じて入れて、そこにじんましんの出た旦那につかってもらっておいたの。(nina's 2010年9月号 P11)


スズメバチに刺されたときに使う「“劇”って書いてある注射」とは、エピペンのことであろう。ハチ刺傷や食物アレルギーなどによるアナフィラキシーショックに対して、医師でなくても使えるエピネフリン自己注射キットである。





エピペンホームページ*1より引用


アナフィラキシーショックは死ぬ可能性のある病態である。日本においてハチ刺傷による年間死亡者数は約30-40名と報告されている。「もう5回目だったからショック状態になっちゃって」とあるが、ハチアレルギーの人が再刺傷を経験した場合、約50-60%の患者は前症状より悪化するとも報告されている*2。「ショック状態になっちゃって」というのが事実であれば、エピペンを打ってすみやかに近隣の医療機関を受診するのが通常の対応である。

ただ、乳児にビタミンKを投与しなかった事件と異なり、このケースは成人の話である。命の助かる可能性のより高い選択肢を放棄し、命を賭して科学的にはまったく効果のないと考えられるホメオパシーのレメディやミネラルの塩やドクダミに頼るのは個人の自由だ(十分な情報提供をされた上での話であるが)。「近くのホメオパス」がUAさんにどのような説明をしたのか不明であるが、「現代医療と協力してやっていくという立場」を周知徹底され、「折りに付け現代医療の重要性について説明」されているという日本ホメオパシー医学協会*3の認定ホメオパスであれば、のんきにレメディを処方したりせず、すぐさま医療機関の受診を勧めたであろう。

仮に夫が普通の人で、ショック状態なのに、エピペンを託した妻に砂糖玉を飲まされ、ドクダミ風呂に浸からされたら、ちょっとしたホラーである。荒木飛呂彦が漫画化したら面白そうだ。しかし、UAさんの夫は「私なんかが足元にも及ばないような野性児」なのだそうだから、リスクを十分に承知した上での選択だっただろう。



その間に息子を剣道の練習に送ったりして、帰ってきたらコロッと治ってて。スゴイでしょ!私、よくやったって感じなんだけど、てんやわんやの一日だったから、なんか興奮して夜じゅう話し込んじゃったんだよね。それで次の日、学校で配るプリントを折る係を引きうけたくせに、うっかり忘れちゃったの。私が行かなかったから、現場に居合わていたお母様方が代わりにやって下さっていて、ほんと頭が上がりませんでした」(nina's 2010年9月号 P11)


息子を剣道の練習に送っているあいだに、ドクダミ風呂に浸かっている夫が気を失ったら、わりと大変なことになったのであるが、幸いなことに「コロッと治って」いた。たしかにスゴイ。もしかしたら、息子を剣道の練習に送って家に帰ったら、夫の死体と対面する羽目になったかもしれなかったのだ。命を賭した賭けに勝ったのだ。興奮して夜じゅう話し込むのも当然であろう。11歳と生まれたばかりの二人の子供がいるのに、エピペンではなく、医学的には何の効果もないレメディを選択するという考え方は興味深いが、インタビュアーがその辺の思想にふれなかったのは残念である。


*1:http://www.epipen.jp/for_professionals/product_info/photo.html

*2:平田博国・福田健、アレルギー 53巻2-3 Page283(2004)

*3:URL:http://jphma.org/About_homoe/jphmh_be_report_20100811.html