NATROMのブログ

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生活習慣病が増えているにも関わらず寿命が延びているのはなぜか?

武田邦彦氏が、生活習慣病が増えているにも関わらず、日本人の寿命が延びていることについての疑問を書いておられた。


■武田邦彦 (中部大学): 生活習慣病になると長生きする?


日本では、年配の人の多くが生活習慣病で60%とも70%とも言われる。
そして、具体的な生活習慣病と死亡率の関係を調べてみると、生活習慣病でない人を基準にすると、次のように死亡確率があがるとされている。
1.糖尿病 :       1.64倍
2.高血圧 :       1.55倍
3.メタボリック症候群 : 1.36倍
4.高コレステロール血症 : 1.10倍
また、3大生活習慣病で死ぬ人を10万に当たりで示すと、
1950年   250人
2000年   500人
となっている。つまり、生活習慣病で無くなる人が、全体の7割、 生活習慣病にかかると死亡率は1.5倍、そして生活習慣病で死ぬ人は50年で2倍になった!
・・・・・・・・・
このような数字を並べられると、うっかり「それは大変だ、甘い物もお酒も控え、運動をして・・・病気にならないようにしよう」と思うのが人情と言うものだ。
そして「生活習慣病予防協会」など多くの「団体」が出来ている。
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でも、なにか奇妙だ。
・・・生活習慣病の人はドンドン増えている
・・・生活習慣病になると死亡確率が上がる
・・・実際にも生活習慣病で死ぬ人が2倍になった
というのが本当なら
・・・日本人の寿命が短くなっている
ということになるはずだ。
なにしろ、死亡確率の高い病気になる人が急増しているのだから、寿命が短くならないとおかしい。
ところが、よく知られているように平均寿命はドンドン上がって、男性で80歳、女性ともなると86歳という長寿国だ。
この平均寿命は全ての人の平均だが、生活習慣病が多くなる50歳以上に注目すると、さらに余命の伸びは大きく、時間が1年経つと、平均余命は0.7年も伸びている。
病気になって・・・寿命が延びる????
どうなっているのだろう????


目の付けどころは素晴らしいと思う。武田邦彦氏は、「生活習慣病を『食べ過ぎ、運動不足、メタボ』などと説明する一方で、死亡統計には生活習慣病による死亡に癌を入れている。平均寿命が延び癌が増えた。よって、生活習慣病による死亡が増えた(「食べ過ぎ、運動不足、メタボ」による死亡が増えたわけではない)」と考察され、癌以外の生活習慣病、「食べ過ぎ、運動不足、メタボ」が死亡リスクを上げることに懐疑的なようである。武田邦彦氏は、癌の増加は平均寿命が延びたためであることに正しく気付いておられる。武田邦彦氏は、以下の主張のどこがおかしいか指摘できるだろう。



・・・癌の人はドンドン増えている
・・・癌になると死亡確率が上がる
・・・実際にも癌で死ぬ人が4.5倍になった
というのが本当なら
・・・日本人の寿命が短くなっている
ということになるはずだ。
なにしろ、死亡確率の高い病気になる人が急増しているのだから、寿命が短くならないとおかしい。


たとえ癌で死ぬ人が増えても、癌以外で死ななくなれば、寿命が延びてもおかしくはない。生活習慣病が増えているにも関わらず、日本人の寿命が延びているのも同様である。三大生活習慣病で死ぬ単位人口当たりの人数が1950年と比較して2000年には2倍になっていると武田邦彦氏は指摘しているが、1950年頃の死因はどういうものだったろうか?日本の主要死因別死亡率(人口10万人対)の長期推移のグラフを引用する*1





主要死因別死亡率(人口10万人対)の長期推移


1950年頃の死因の第一位は結核、ついで、脳血管疾患と並んで胃腸炎が主要な死因であった。結核も胃腸炎も時代が進むにしたがって、グラフ上ではほとんど無視しうるほどにどんどん減っていった。栄養や衛生環境の改善が、結核や胃腸炎などの感染症による死亡が減った主な理由であろう。いずれにしろ、生活習慣病以外の主要な死因となっていた病気が減れば、たとえ生活習慣病の絶対数が増えていても、平均寿命が延びることはありうる。生活習慣病の増加は、高齢者が増加したことのほか、食生活や運動不足などの生活習慣の変化もあるのだろう(年齢調整しても生活習慣病は増えているのだろう)。

誤解の原因は、不適切な集団間の比較にあった。不適切な集団間の比較による誤謬の典型的な例は、たとえば、「アメリカ人男性は日本人男性と比較して喫煙率が低いにも関わらず肺癌の死亡率は高い。肺癌と喫煙には因果関係はない」というものである。武田邦彦氏の場合、「生活習慣病が少なくて寿命が短かった昔の日本人集団」と、「生活習慣病が多くて寿命が長い現在の日本人集団」を比較したことに問題があった。他に全く情報がなければ、「生活習慣病になると長生きするのではないか?」という仮説を立てるのは妥当である。生態学的研究(あるいは地域相関研究)といって、疫学研究の方法の一つである。しかし、バイアスが入りやすい。より信頼できる情報があれば、そちらを採用すべきである。

喫煙と肺癌の関係を知りたいのであれば、他の条件をなるべく一致させた喫煙者集団と非喫煙者集団を比較すればいいのと同じように、生活習慣病が死亡リスクを上げるかどうかを知りたいのであれば、他の条件をなるべく一致させた生活習慣病集団と非生活習慣病集団を比較すればいい。実際、そのような研究はなされてる。それどころか、武田邦彦氏が引用している「糖尿病:1.64倍」とか「高血圧:1.55倍」とかいう数字がそうした研究の成果である。「生活習慣病になると長生きする?」という疑問の答えは、ここで出ている。個々の研究には不備があるかもしれないが、過去の日本との比較をもって、生活習慣病のリスクに懐疑的になるのは無理筋だろう。