NATROMのブログ

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日光網膜炎(太陽性網膜炎)について調べてみた

朝日新聞の記事、■日食観測「黒い下敷き危険」 国立天文台が注意呼びかけによると、日食を観察する際、「サングラスや黒い下敷きだけでなく、昔は推奨されたスス板ガラスも危険」なのだそうだ。「安全に見るには、太陽の光や赤外線をカットする専用の日食グラスが必要。天体望遠鏡の専門店や家電量販店で数百〜1千円台で購入できる」だそうで、「利権がからんで朝日新聞がおかしなこと言っているんじゃね?」と一瞬は思ったが、国立天文台の■日食を観察する方法にも同様のことが書いてある。いやあ、サングラスぐらいならともかく、フィルムの切れ端やすすをつけたガラス板もダメとは。「いまごろいうな」とか「もっと小さい頃に言って欲しかった」とかコメントがついていたが、同感だ。

疑うわけではないが、せっかくだから調べてみた。朝日新聞の記事で「太陽性網膜症、日食性網膜炎」と書かれていたが「太陽性網膜炎」「日光網膜炎」とも言う。英語ではsolar retinitis。「太陽性網膜炎は、太陽光線のエネルギーによる黄斑の障害である。太陽を直視することにより視力障害が起こることは古くから知られており、それらのうちで不注意な日食の観察によって発症したものは特に日食性網膜炎といわれる。日食性網膜炎は、1978年10月2日に本邦で観察された日食によるものを含め、その報告は多い」のだそうだ*1。昔から知られてはいたわけね。ちなみに太陽性網膜炎の原因のほとんどは不適切な日食の観察だが、ほかにパイロットや対空監視員、日光浴中の事故、太陽を見る儀式、精神病などの報告がある。どのような観察法によって日光網膜炎が起こるのかは、松元直子らによる「日光網膜炎と予後*2」に詳しかった。

1978年の部分日食後に新潟大学眼科を受診した16名が対象で、「8例14眼は裸眼で観察、その他は、下敷き、サングラス、スミをぬったガラス等を用いて観察を行っていた。しかし、注意すべきことは、フィルターを用いた多くのものでも時々裸眼で直視していることで、終始フィルターを通して観察していないということである」。予後はわりと良好で、大半は1ヶ月以内に視力は回復した。しかし、27眼中3眼において眼底所見に強い変化が残り、また自覚症状として見えにくさが残っているものがあった。各フィルターの分光透過率が調べてある。




分光透過率曲線

ちなみに可視光線の波長は400〜800nmくらい。実線の茶サングラスは「非常に危険」だ。可視光線だけカットして、短波長も長波長もカットしない。眩しくないものだから太陽を凝視できてしまうが、赤外線や紫外線が目に障害を起こしてしまう。フィルムや下敷きは短波長領域はカットするが、長波長を完全にはカットできない。ススガラス・スミガラスについては赤外線もカットするが、実際には日光網膜炎を起こしている。「時々裸眼でも観察していることと、スミの塗布の仕方が不完全で、しかも均一でなかったためと思われる」との考察。「太陽に向かって直接観察するのはフィルターを用いても危険がありピンホールカメラ等の間接法が望ましい」ともある。専用の日食グラスを使用するときの注意になろう。とくに、子供に見せるときなどには、専用の日食グラスを使っているからと安心せずに、裸眼で見ないように念を押した方がいいだろう。

*1:八塚秀人ら、太陽性網膜炎の1例、臨床眼科(0370-5579)47巻9号 Page1575-1577, 1993

*2:臨床眼科 34(3) P355-361, 1980