NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

治療にホメオパシーを用いる化学物質過敏症の権威

前回は、日本の化学物質過敏症の第一人者である宮田幹夫先生の研究を紹介しました。「化学物質過敏症治療の先駆け」「Dr.化学物質過敏症」と言われている医学者が「全くの詐欺」と言われる商品にお墨付きを与えたとしても、それだけでは化学物質過敏症の疾患概念が怪しいとは言えません。分野全体はまともでも、たまたま一人だけがちょっとアレな人だったかもしれませんし。さて、今回は、国際的にも化学物質過敏症の第一人者とみなされているウィリアム・レイ(William Rea)医師を紹介します。

ウィリアム・レイ医師はアメリカ合衆国のテキサス州ダラスで環境健康センターを運営しています。ダラス環境健康センターと北里大学は共同研究を行っており、北里研究所病院臨床環境医学センターはダラスのECU(Environmental Control Unit)を参考にして作られているそうです。日本のマスコミでもとりあげられています。テレビ朝日の「素敵な宇宙船地球号」では、「アメリカ・テキサス州のダラス環境健康センターで治療を受けているアリー(14歳)」の事例が紹介されました*1。1999年のNHKスペシャルでもウィリアム・レイ医師がコメントしています。






NHKスペシャル 地球 豊かさの限界 第3集 それはDDTから始まった その1

16分45秒ごろ(URL:http://video.google.com/videoplay?docid=-2946207763814372531


このようにウィリアム・レイ医師は、国外からも取材が来るほどの「権威」です。しかし、公的機関からはさほど高い評価をされていません。ウィリアム・レイ医師は、当局から医師免許を取り消しの懲戒処分請求をなされているのです。■William Rea医師への懲戒請求(食品安全情報blog)から引用します。



Quackwatchの裁判ウォッチから
Disciplinary Action against William Rea, M.D.
September 16, 2007更新
http://www.casewatch.org/board/med/rea/complaint.shtml
テキサス州ダラスで環境健康センターを運営しているWilliam J. Rea医師が、医師免許を取り消されるかもしれない懲戒処分請求に直面している。テキサス州医事当局が彼を以下の罪で懲戒請求した。(a)疑似科学的検査法を用いた。(b)正確な診断を行わなかった。(c)「無意味な」治療を行った。(d)彼の治療法が根拠がないという情報を患者に提供しなかった。(e)彼が訓練を受けていない分野の治療を行った。(f)米国内科医認定機関が認めていないのに自分は認定された医師であると称していた。Reaは、科学界では認められていない多種類化学物質過敏症(MCS、化学物質過敏症)の宣伝者として有名である。


ウィリアム・レイ医師は、「化学物質過敏症で苦しむ患者を診断・治療する医者を排除し、臨床環境医学の特色を破壊するための組織化された全国的な努力が存在する。」と反論しています*2。保険会社は支払いをしたくないがため、化学物質過敏症に対する診断や治療を望まないのだ、という主張です。さて、どちらの主張が正しいのでしょう?ウィリアム・レイ医師は、疑似科学的な検査を行い、無意味な治療を行うインチキ医者なのでしょうか?それとも、ウィリアム・レイ医師に対する批判は保険会社の陰謀なのでしょうか?ダラス環境健康センターのサイトにある、ウィリアム・レイ医師が行っている検査や治療のリスト*3を見れば、だいたいのところが理解できると思います。治療のリストを挙げましょう。念のために言っておきますが、「ウィリアム・レイ医師はこのような科学的に根拠のない治療を行っている。ケシカラン」と当局が挙げているリストじゃないですよ。ダラス環境健康センターが「こんな治療を行っている」と自分から掲げているリストです。

  • Immunotherapy (免疫療法)
  • Imunology Services
  • Nutrition(栄養療法)
  • Physical Therapy (理学療法)
  • Osteopathic Manipulation (オステオパシー)
  • Chemical Depuration Program (Combining Heat Depuration Chambers and Physical Therapy)
  • Oxygen Therapy (酸素療法)
  • Nutrient Therapy (栄養療法)
  • Homeopathy (ホメオパシー)
  • Psychological Support Services
  • Energy Balancing


オステオパシーや"Energy Balancing"(気功のようなものらしい)にも言及したいですし、一見まともに見える免疫療法や栄養療法についても細かく言えば問題がありますし、"Immunotherapy"と"Imunology Services"、あるいは、"Nutrition"と"Nutrient Therapy "はどう違うんかと突っ込む誘惑にも駆られますが、その辺はグッと我慢して、最近はわりと有名になってきたホメオパシーについて述べます。「ホメオパシーは、治療反応を開始させるために小用量の薬を個々に合わせる洗練された方法です。我々には、この種のヘルスケアにふさわしい患者の必要性について取り組むために、公認のホメオパスのスタッフがいます」*4と、ホメオパシーにきわめて肯定的です。ホメオパシーには科学的根拠がないとみなされていることなど述べていません。そんなことを患者さんに知られると、効果がなくなってしまうから仕方がないのかもしれませんが。

国際的な化学物質過敏症の第一人者は、治療にホメオパシーを用い、当局から医師免許を取り消しの懲戒処分を請求されるような医師だったんですね。化学物質過敏症の疾患概念が国際的にも科学界で未だに認められていない理由の一端をみなさんにご理解いただければと思って、今回のエントリーを書いてみました。私は、化学物質過敏症の疾患概念や、臨床環境医が行う検査・治療には懐疑的ですが、化学物質過敏症とされる患者さんの苦痛は疑っていません。症状の原因が「化学物質」であると決め付けず、心因性も含めて原因の調査が行われるべきです。しかし、ニセ科学的な検査・治療を行う化学物質過敏症の「第一人者」のために、科学的な研究・治療法が妨げられています。結果として犠牲になったのは患者さんです。


*1:URL:http://www.tv-asahi.co.jp/earth/contents/osarai/0424/

*2:"To put it bluntly, there is currently an organized nation-wide effort to destroy the specialty of Environmental Medicine and to eliminate from practice physicians who diagnose and treat patients suffering from chemical sensitivities. " URL:http://www.environmentalhealth.ca/special/fall07ReaOpenLetter.html

*3:URL:http://www.ehcd.com/services/patientservices.html

*4:"Homeopathy is a sophisticated method of individualizing small doses of medicines in order to initiate a healing response. We have a licensed homeopath on staff to address patient needs appropriate to this type of healthcare."