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万波医師は不必要な臓器摘出を行ったか?

万波医師による病腎移植について、万波支持者と議論を行っているが、平行線である。万波医師の外科的な技術や患者を思う心は認めるが、それでもなお万波医師の行った医療には多くの問題点があったと私は考える。この問題点についての認識が一致しないがゆえに議論が紛糾してしまうのだ。ここでは、多くの問題点のうちの一つ、移植のために不要な臓器摘出がなされたのではないかという疑惑について述べる。

仮の話として、「これから日本でも大々的に病腎移植をやりましょう」という話になったとする。いろいろクリアすべき点はある。たとえば、「医師は移植をしたいからと、本当はドナー候補に残せる腎臓を、虚偽の説明をして取ってしまうのではないか」という疑いに対して、きちんと説明する義務がある。脳死移植のときも同じような声はあがった。「移植のために、脳死患者の治療の手が抜かれるのではないか」という疑いだ。これらは正当な疑いである。日本の移植医療の歴史には、和田移植という汚点がある。日本の脳死移植の手続きが煩雑なのには理由があるのだ。ドナー候補の治療を行う、あるいは脳死判定を行う医師は、移植を行う医師とは別であるのだが、それでも疑われるのだ。一方、万波医師による移植は、多くは移植医本人が、ドナーから腎摘出の適応があるかどうかを判断していた。

万波医師が行った腎摘出の適応について一番問題になるのは、ネフローゼ症候群からの両腎摘出だろう。ネフローゼ症候群とは、さまざまな原因によって高度の蛋白尿および低アルブミン血症を来たす疾患群である。万波医師の主張によれば、蛋白尿のコントロールができず、全身浮腫および呼吸困難を起こしたため、内科的治療をあきらめて両腎摘出を行ったとのことである*1。ネフローゼ症候群を診るのは一般的には腎臓内科医であるが、万波医師は腎臓内科医にコンサルトしていない。腎臓内科医の学会は以下のようなコメントを行っている。


■病腎移植に関する日本腎臓学会の見解


 今回、3名のネフローゼ症候群患者がドナーとなり、両腎摘出が施行され、非血縁者と思われる血液透析患者6名に生体腎移植が行われている。この腎移植におけるドナー腎摘出の主治医側の理由は、治療抵抗性の重症ネフローゼ症候群で、正常な社会生活を営むには両腎摘出による透析療法への移行が患者の利益であるとの判断と推測される。しかし、近年の医学の進歩によって、数年前の腎移植当時でも、難治性ネフローゼ症候群の治療には、副腎皮質ステロイド薬に加え、シクロスポリン、ミゾリビンなどの免疫抑制薬の治療効果が証明されていた。これらの薬剤の複数を試みて無効である場合に初めて難治性ネフローゼ症候群と判断される。また、難治性ネフローゼ症候群に関しても、利尿薬、レニン・アンジオテンシン系阻害薬(尿蛋白減少作用)、LDL吸着療法、血漿交換さらには血液濾過法などによる内科的保存療法による蛋白尿・体液の管理の結果、浮腫などの症状軽減もある程度可能である。そのため、難治性ネフローゼ症候群であっても、腎摘出が治療の適応となる例は、小児の先天性ネフローゼ症候群での腎移植を前提とした場合以外は、実質的には皆無と考えるのが今日の腎臓病診療の実態である。今回のドナー3症例のうち2名の原発性糸球体腎炎(病理学的にはIgA腎症、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)あるいは初期膜性腎症の疑い)によるネフローゼ症候群ドナー腎は、病理学的な腎組織障害度および腎機能からは内科的治療を諦める段階とは考えられない。また、両腎摘出までの治療は、シクロスポリン以外の免疫抑制薬への薬剤変更を含む充分な内科的治療が行われたとは判断できない。また、1例のループス腎炎ネフローゼ症候群においても、腎摘出前に副腎皮質ステロイド薬以外の薬剤使用などの内科的治療が充分に行われていない。
 以上から、ドナー3名の両腎摘出は、数年前の腎移植当時においても医学的に妥当とは判断できない。


要するに、ネフローゼ症候群で両腎摘出になるケースは皆無。十分な内科的治療を行わずに腎臓を摘出したのは医学的に妥当ではない、というのが専門家の見解。専門家は、ネフローゼ症候群のドナーからは万波医師は不必要な臓器摘出を行ったと言っているわけだ。百歩譲って、ネフローゼ症候群で両腎摘出になるケースがまれにあるとしても、万波医師が関わったネフローゼ腎摘出は少なくとも4件ある*2。いくらなんでも多すぎやしないか。ウィキペディアによれば宇和島市は人口8万6000人である。周辺の市町村を含めても医療圏の人口は10万人強といったところであろう。宇和島周辺で内科的治療に抵抗性で腎摘出せざるを得ないほどのネフローゼ症候群が15年で4人出るとしたら、全国では4000人ぐらいいるはずである。腎臓内科医が複数いて、周辺から多くのネフローゼ症候群の患者さんが紹介されてくるような施設に勤務したこともあるが、それでもネフローゼ症候群からの腎摘出なんて聞いたことがない。

移植のために手を抜いたのではないと信じるが、それでも泌尿器科医が片手間にやった治療で、「内科的治療は十分にやった」とは言えない*3。万波支持者は、透析を「地獄のような苦しみ*4」と言い、病腎でもいいから欲しいと言う。両腎摘出されたネフローゼ症候群の患者さんは、摘出と同時に腎移植を受けたが(ドミノ腎移植)、それでも移植腎が生着しなければ透析をせざるを得なくなる*5。「患者のためを第一に考えろ」と主張する万波支持者の方々は、内科的治療が不十分なため両腎を摘出され、「地獄のように苦しい透析」に移行するリスクを背負わされた患者さんのことも考えてください。私の知る限り、倫理委員会を通さなかったことや、インフォームドコンセントを文書化していなかったことについては万波医師は不備を認めているが、ネフローゼ症候群からの両腎摘出については不備があったとは認めていない。

万波医師側は、文書にして残していないものの、腎摘出にあたって十分に説明を行っていたと主張する。ネフローゼ症候群のドナーに対して、両腎摘出後に移植を受けても将来透析へ移行するリスクがあること、内科的加療の可能性(専門家は「ネフローゼ症候群で両腎摘出になるケースは皆無」という意見であることを含め)は十分に説明されていたのだろうか。車で一時間半のところに腎臓内科医がおり、転院すれば当面は手術を受けなくて済む可能性が高いことを知った上で、それでも両腎摘出を選択する患者さんが4人もいるのだろうか。私は医学的に正確な説明はなされていなかったものと考える。ネフローゼ症候群以外の患者さんについても、きちんと説明がなされた上でのことではなかったと疑う。

病腎移植そのものについては、私は既に「病腎移植は、移植腎の不足している現在においては、十分に考慮に値する医療である」と述べた。病腎移植が一般的に行われるようになることを望むのであれば、万波医師による病腎移植のどこが間違っていたのかについて、十分に理解している必要がある。移植学会が病腎移植に対して及び腰である理由の一つには、学会が万波医師のようなルール違反に対して自浄作用を持っていないとみなされかねないからだと思う。


*1:■病気腎移植推進・瀬戸内グループ支援ネット - 専門委と調査委はなぜ違ったか(1) URL:http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070403160323288

*2:■病気腎移植推進・瀬戸内グループ支援ネット - 専門委と調査委はなぜ違ったか(1) URL:http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070403160323288

*3:■[両刃のメス]第3部 論点(3) ネフローゼ 両腎摘出 相次ぐ疑念(愛媛新聞)URL:http://www.ehime-np.co.jp/rensai/zokibaibai/ren101200703178910.htmlによれば、「万波医師はこれまでの会見などで「私がいる病院にはネフローゼの専門家がおらず、問い合わせできなかった。私自身、ネフローゼの治療をかなりやってきたが、タンパク尿が大量に出るときの基本的治療法は、どんなタイプでも同じと思っていた」と説明。他の治療法については「今回の件で調べたら、あり得るということだったが、患者が生きるか死ぬかという状態で、文献を調べる余裕はなかった」と語っている」。両腎摘出+腎移植術に耐えうるのに、救急車での1時間の搬送に耐えられないことがあるか。「タンパク尿が大量に出るときの基本的治療法は、どんなタイプでも同じと思っていた」というのも、事実であればとんでもない話。いくらなんでも。

*4:念のため。個人差・透析を行う医療機関の技量の差があるので、すべての透析が地獄のように苦しいわけではない。

*5:■難波紘二・鹿鳴荘病理研究所所長が講演(腎臓移植医療 - 徳洲会グループ) URL:http://www.tokushukai.jp/media/rt/556.htmlによれば、「まずドナーの側では、1例は兄の腎臓を移植されて、6年4カ月後の今も元気に暮らしています。残りの2例も3年10カ月と2年2カ月経ちますが、どちらも生存中です」、とある。移植腎が生着して元気なのであればそう言うはずであるが、「生存中」としか言っていない。透析に移行したのだろうと思う