NATROMのブログ

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何がシロアリの真社会性を進化させたのか?

シロアリの遺伝的カースト決定のエントリーを書くためにいろいろ調べ物をした。その過程で「シロアリはなぜ真社会性を進化させたのか?」という疑問に対して、納得のいく答えを得たような気がするので忘れないうちに書いておく。まず、真社会性とは何か、から。E.O.ウィルソンは以下の3項目を真社会性を満たす条件としてあげた。



(1)複数の個体(ハチではメス)が共同して育児を行なう。
(2)二世代以上の個体が共存し、娘がコロニーの維持のため母親の仕事を手伝う。
(3)繁殖(=産卵)にかかる個体間の分業とカーストが存在する。


真社会性昆虫とはアリとかミツバチとかアシナガバチとかシロアリとかがそう。実はアブラムシにも真社会性を持つものがいる。アシナガバチの仲間には、複数のメスが巣を共有するけど別に分業していないとか、娘が育児を手伝うがその気になれば産卵もできるというカーストが未分化な種とかがある。生物進化を考えれば、アシナガバチはコロニーを作らない祖先種から漸進的に進化してきたはずであり、さまざまな段階の社会性を持つ種があっても不思議ではない。この話もすごく面白いのだが置いといて、なぜチョウやバッタやカブトムシは社会性を進化させなかったのに、アリやミツバチやシロアリは社会性を進化させたのか?という話をする。

社会性昆虫の進化はダーウィンにとって難問だったとされている。だって自然選択説とはつまり、「より繁殖に成功するような性質が選択されて進化する」てことだぞ。不妊になって他の個体の世話をするような「利他的」な性質がどうやって進化した?全然繁殖に成功していないじゃん。この難問に答えたのが、ハミルトンによる血縁淘汰説。自分は不妊であっても、血縁個体の繁殖成功を通じて自分の遺伝子を残すのだ(遺伝子からの見方をするならば、血縁個体を世話させる遺伝子は血縁個体を通じて自己を残す)。

アリ/ハチ(膜翅目)についての4分の3仮説は有名であろう。アリ/ハチの性決定システムはちょっと特殊で、オスは半数体(染色体数=n)、メスは二倍体(染色体数=2n)である。性染色体はない。減数分裂がないから一匹のオスの産生する精子は遺伝的にどれも同一(これ重要!)。卵子は普通に減数分裂して生じるが、未受精のままだとオス(n)、受精するとメス(2n)になる。アリのオスにはお父さんはいないわけ。重要なのは、精子が遺伝的に同一のため、同一ペアから生まれたメス同士は血縁度が近くなることだ。




アリ/ハチの4分の3仮説:オス個体では減数分裂が起こらず、その配偶子(精子)は遺伝的に同一である。メス個体(女王アリ)由来の配偶子(卵子)は減数分裂が起こるのでそれぞれ異なり、お互いに遺伝子を共有する度合いは平均して50%である。受精卵はメス個体になる(ワーカーもしくは女王)。父親由来の遺伝子はすべて同一、母親由来の遺伝子は50%だけ同一。血縁度は100×0.5+50×0.5=75%となる。

ややこしい計算については興味がある人は「社会性昆虫 血縁度」とかでググってもらうとして、アリのメスにとっては、妹の血縁度は75%(つまり4分の3)、娘の血縁度は50%となる。コストが同じなら娘を一匹育てるよりも、妹を一匹育てるほうがお得(遺伝子的な意味で)。同胞を育てるほうが得というのはオスには当てはまらない。だから、アリ/ハチのワーカーはすべてメス。アリの遠い祖先に、いちいち家を出て苦労して巣を作って娘を育てるぐらいなら、家でおかんの手伝いして妹を育てたほうがマシだと気付いた奴がいたんだよ。実際のところ、アリ/ハチの社会性の進化はハミルトンの4分の3仮説だけで説明できるような簡単なものじゃないようなんだけど、それはそれとして4分の3仮説は納得力の高い話である。

アブラムシについては簡単。奴ら、クローンだから。血縁度100%。血縁淘汰で説明可能。じゃあ、シロアリは?シロアリの性はXY性染色体で決まる。4分の3仮説は使えない。単為生殖もするけど、あくまでパートナーが見つからなかったときの代替手段。シロアリはなぜ真社会性を進化させたのか?専門家の間でも議論があるようだけど、とりあえず以下のような話で私は納得できた。

シロアリの祖先種って、どんなだったろう?ゴキブリとシロアリは近縁であることは結構知られている。ゴキブリは家の中で見かけることが多いのだけどそりゃ単に人の近くいるからよく見かけるだけで、ゴキブリの多くは林の中に住んでおり、朽ち木なんかを食べる。シロアリの祖先も、多分、朽ち木の中に住んでいた。朽ち木って結構でかいよね。小さなシロアリが食べきるまでには時間がかかる。朽ち木の中で生まれたシロアリは、わざわざ危険を冒して遠くの朽ち木を探しにいくよりか、そこにたっぷりある朽ち木を食べればいい。問題は、交配相手。近くには近親しかいない。近親交配はデメリットもあるんだけど、分散のリスクのほうが大きければ近親交配したほうがよい。実際、現生のシロアリでは、繁殖ペアのどちらかが死んだら、息子か娘かが新しい繁殖虫となる。

というわけで、シロアリの祖先は近親相姦し放題。実験用マウスを扱っている人なら分かると思うけど、同系交配をどんどん続けていくと、ホモ接合の度合いが高くなり、いわゆる「純系」に近くなる。となると、いわば娘も息子も妹も弟も遺伝的には皆同じ。クローンみたいなもん。もう自分で繁殖しなくても、弟や妹を育てても一緒。アリ/ハチと違って、シロアリのワーカーはオスメス両方いる。ここまででもだいぶ納得しそうになるけど、話はこれだけではない。

近親相姦の花園であった朽ち木も、いつかは無くなるときがくる。そうなればいやがおうでも 分散せざるを得ない。分散の過程で多くの個体は死ぬが、運よく生きのびて、パートナーと巡りあった個体は新しい花園を築くであろう。パートナーも、おそらく別の花園で長い同系交配を続けてきた、別系統の「純系」である。純系に近い個体は、ホモ接合の度合いが高いがゆえに、その配偶子は同一性が高い(アリ/ハチの精子と同様に)。同一性の高い配偶子同士が受精した受精卵も、同一性が高くなる。




循環的同系交配理論:王アリおよび女王アリは、何代もの同系交配によって、どの遺伝子座もホモ接合となっている。減数分裂は起こるが事実上配偶子は遺伝的にほぼ同一である。よって受精卵同士も遺伝的にほぼ同一であり、血縁度は100%である。図には性染色体は示されていない。子はオスもメスも生じうる。

つまり、コロニー創設ペアの子は、お互い同士ほとんど同じ遺伝子を持つことになる。血縁度ほぼ100%。一方、自分で繁殖しても血縁度100%の子は作れない。コストが同じなら、自らが繁殖するよりも、同胞を育てたほうがお得(遺伝子的に)という状況が生じるわけである。利他的な不妊のカーストが進化しやすい状況だ。一言でまとめれば、近親相姦がシロアリの真社会性を進化させた。実際、この話がどれくらい正しいのか私には分からないけれども、自分では納得できたからこれでいいのだ。というか、利己的な遺伝子 <増補新装版>のP488あたりに書いてあった。やっぱりハミルトンの説だ。