NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

訂正?改ざん?「たらい回し」が「救急車事故」に

奈良県大淀病院において、分娩中に意識障害を起こした妊婦を19病院が受け入れ不能であったことを、毎日新聞が「たらい回し」と表現して医療者に批判されたことは記憶に新しい。ちなみに、毎日新聞は、「開かれた新聞」委員会・座談会で、



「たらい回し」は事実と異なり、東京本社の一部紙面でそういう見出しになったのは不適切だったと反省しています。


と不適切であったことを認めている*1。いろいろ言いたいことはあるけれども、反省しないよりもしたほうがずっとましである。さて、奈良県の妊婦が8月29日午前5時ごろ救急車で搬送中に流産したことを毎日新聞が伝えている。記事によると、



調べによると、女性は同日午前2時44分ごろ、「下腹部が痛い」と同居の男性を介して119番通報した。女性が妊娠していたため、奈良県の橿原消防署(中和広域消防組合)の救急隊員は同県立医科大に受け入れを要請したが、「手術中のため不可能」と回答された。このため、同消防署は大阪府内の産婦人科など要請したがいずれも「処置中」などを理由に断られ、延べ12件目の高槻市内の病院に決まったのは同4時19分だった。


大淀病院と構図は似ている。奈良県においてはいまだ産科救急体制は貧弱な様である。いまだというか、大淀病院事件後にむしろ悪化したような気もするが。さて、当エントリーの主題はそこではなく、ネット上の記事の改変についてである。当初、この記事の見出しは、病院たらい回し:妊婦衝突事故後に流産 救急搬送中 大阪であった。しかし、大淀病院事件と同じく、これはたらい回しではない。現在は見出しは救急車事故:搬送中の妊婦流産 大阪と、「たらい回し」の部分が消えている。ウェブ魚拓が残っていて、


2007/8/29 12:08:16 →「病院たらい回し:妊婦衝突事故後に流産 救急搬送中 大阪」*2
2007/8/29 12:25:42 →「救急車事故:搬送中の妊婦流産 大阪」*3


と、12時8分から25分の間に記事が改変されたことが分かる。記事の日付は、2007年8月29日11時48分となっているので、記事がアップされてからわずか30分程度で改変されたことになる。「たらい回し」という表現のままだと「毎日新聞は反省していない」と批判されるのは目に見えていた。すばやい対応とも言える。もしかしたら、毎日新聞は2ちゃんねるの病院・医者板をチェックしているのかもしれない。

見方によっては改ざんとも言える。「大淀病院事件での反省を生かせず、毎日新聞は同じ過ちを犯した。さらに証拠を隠滅しようとした」というわけ。毎日新聞の立場では、改ざんではなく、「訂正」、つまり誤りを正しただけのつもりだろう*4

記事を改変できることは、ネットの利点とも言えるし、欠点とも言える。紙ベースの新聞だと、間違った記事が一旦配布されると訂正するのはきわめて困難である。翌日に紙面の片隅に小さな訂正記事がでるくらいだ。ネット上の記事だと、間違いがわかった時点で訂正するなり配信を止めるなりできるので、被害を最小限に抑えることができる。一方、コロコロと記事の内容を変えられると引用などの利用が困難であるし、捏造/誤報をなかったことにされる恐れもある。今回はあっという間にウェブ魚拓がとられたので、記事の改変の証拠が残ったが、改変されたかどうかは毎日新聞のページだけでは分からない。

個人的には、今回の毎日新聞の対応はそれほど悪くなかったと思う。最初から「たらい回し」という不適切な見出しを使用しなかったのが一番よかったのだが、すばやく「訂正」されたことは評価できる。ただ、「てをには」程度ならともかく、見出しを変えたのであれば、どこかに明示していてもよかったのではないか。いずれにせよ、ネット上の記事であっても記録に残ってしまうことを念頭に置いて、責任を持って記事を書いてもらいたいものである。それはそれとして、医療事故が起きたケースでカルテが「訂正」されていたら、毎日新聞はカルテが「改ざん」されていた、と報道するであろうなあ。


*1:http://blog.hashimoto-clinic.jp/200704/article_7.htmlより孫引き引用

*2:http://megalodon.jp/?url=http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070829k0000e040036000c.html&date=20070829120816

*3:http://megalodon.jp/?url=http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070829k0000e040036000c.html&date=20070829122542

*4:このエントリーでは「改変」は中立的な意味で、「改ざん」は悪意をもって、「訂正」は善意でもって文章を変更したという意味で使用している。ちなみに、goo辞書では、改変:「物事を改めて、もとと違った形にすること。変更。変改。」、改竄(かいざん):「文書の字句などを書き直してしまうこと。普通、悪用する場合にいう」、訂正:「言葉や文章の誤っている部分を正しく直すこと」