NATROMのブログ

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羅漢果による劇症肝炎

天然信仰とでも呼ぶべきか、「天然のものは安全・人工のものは危険」という信仰がある。羅漢果について調べている過程においても、「天然だから安全!」みたいな宣伝文句をよく目にした。砂糖の400倍もの甘味をもつ成分が、はたして天然だからという理由だけで安全だとみなしてよいものか。また、「砂糖は毒である」という主張とセットになっていることもあるが、砂糖の主成分のショ糖も天然のものである。「加工・精製されているのが悪い」のであれば、羅漢果だって日本で手に入るものはすべて何らかの加工がなされている。

砂糖は摂り過ぎたら害がある。羅漢果だって摂り過ぎたら害があろう。怖いのは、どのくらいの量で害があるのかわからないということである。本場中国では、羅漢果は生薬として利用されてきたという。他の伝統的な生薬と同じく、少量であればおそらくは害は少ないと考えられる。しかしながら、薬は何でもそうだが、アレルギーや肝障害・腎障害を起こすことがありうる。また、砂糖の代用品として持続的に摂取すると思いもかけない害が生じる可能性を否定できない。羅漢果に限らず、日本人が日常的に摂取しない食品を持続的に摂り続けるのはリスクがある。私に言わせれば、そのような健康食品を摂取するのは、わざわざ高い金を払って地雷原を歩くようなものだ。地雷原の先に何か良いものでもあれば別だが、そのような保障はない。

一例として、今回、たまたま「中国原産果実(ラカンカ)による劇症肝炎(亜急性型)の一救命例」*1という症例報告を見つけたので紹介する。羅漢果によって救命できたのではなく、羅漢果によって劇症肝炎になったのであるからお間違いのないよう。ちなみに、劇症肝炎はシャレになんない病気である。肝移植ができない時代では、劇症肝炎の致死率は6割と言われていた。

かいつまんで言うと、30台後半の女性が帝王切開による出産2週間後より発熱・発疹、続いて黄疸・肝障害が出現して大学病院に入院した。肝炎ウイルス他ウイルス感染は証明できず、自己抗体陰性、薬物服用歴なし、急性妊娠性脂肪肝も否定的であった。ステロイドパルス療法などを行うも1ヶ月後に劇症化し、血漿交換・サイクロスポリン投与などを行い、なんとか内科的に治療しえた。原因はなんだったかというと、


発症12週間後に生化学検査値が正常化し退院となったが、退院時に再度薬物服用歴について問診を行ったところ、妊娠後期より当科入院前日まで、「痩せ」の効能を期待し中国果実ラカンカを煎じて連日飲用していたことが判明した。退院時点ではラカンカによるDLSTは陰性であったがサイクロスポリンの影響による偽陰性である可能性があったためサイクロスポリン投与終了より6ヶ月後に再度DLSTを施行したところ、陽性であった。

DLST(詳しくは■薬剤によるリンパ球刺激試験を参照)は感度・特異度ともに問題がある検査なので、100%ラカンカ(あるいは加工する過程で混入した成分)が原因であるとはいえない。しかし、経過を考えると、かなり黒に近いグレーである。健康食品を勧める連中は責任をとってはくれない。健康食品を摂取するなら、自己責任で。


*1:宮西浩嗣他、中国原産果実(ラカンカ)による劇症肝炎(亜急性型)の一救命例(会議録/症例報告)、肝臓(0451-4203)45巻Suppl.3 PageA603[2004.11]