NATROMのブログ

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「生命 この宇宙なるもの」


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■生命 この宇宙なるもの <再装版> フランシス・クリック著 中村桂子訳 思索社 原著は1981年。日本語訳は1989年。

クリックが亡くなったことから、何かクリックの著作を紹介しようと思ったわけで、今は手に入りにくいかもしれないが*1、「生命 この宇宙なるもの」を選んだ。生命の起源に関する本で、意図的パンスペルミア説について述べている。生命の起源に関しては諸説あるが、概ね信じられているところでは、30数億年前の地球上で最初の生命が生まれたとされている。その最初の生命がRNAであったのか、たんぱく質であったのか、はたまた鉱物であったのかが意見が分かれるところだ。ところが、クリックは、生命の起源は地球上ではないとした。

パンスペルミア(汎宇宙胞子説)というのは、宇宙のそこら辺に生命の起源となりうる胞子ようなものが存在して、それが地球上の生命の起源だという説。意図的パンスペルミア説は、地球外の星の高度に発達した生命体がロケット等で意図的に送り込んできた原始的な細菌が地球上の生命の起源だという説。ちょっと聞くと、SFっぽく聞こえるでしょ?クリック本人はSFよりは確かなものだと述べている。


これは、実は、荒削りで不確かな科学的基礎の上をかけめぐる想像力による偉大な跳躍という殆どのSFが持っている重要な性質を持っていない。必要なシナリオに寄与する個々の事柄は現代科学の確たる基礎の上に立っている。(P151)

科学の革命的なアイデアは、最初はSFのように見えることもある。SFのように見える学説が受け入れられるとは限らないし、むしろ誤りが証明されて棄てられることのほうが多いのだけれども、見ている分には面白い。いまのところ、意図的パンスペルミア説は棄てられていない。ていうか、現段階ではほとんど検証困難だろう。クリックは自説についての欠点や検証の方法についても述べている。科学の考え方がどのようなものなのか、よくわかるものと思う。クリック自身も意図的パンスペルミア説が絶対に正しいものと考えているわけではなく、魅力的な代替的な仮説として提唱している。

最後に、反進化論者(とくにラエリアン)によって意図的パンスペルミア説がダーウィン進化論に反対するかのように引用されることに注意を促しておこう。意図的パンスペルミア説とダーウィン進化論は矛盾しない。意図的パンスペルミア説は生命の起源に関する説であるのに対し、ダーウィン進化論は生物がどのように変化してきたかについての説である。矛盾しないどころか、意図的パンスペルミア説はダーウィンの進化論が前提となっている。クリックはダーウィニストだ。生命を送り込んできた異星人は、ロケットに微生物のみを載せていた。時間が十分に与えられたら、突然変異と自然淘汰によって、環境に巧みに調和した生物が生まれるだろう。

*1:書いた当初は絶版であったが、いつのまにか再装版が出ていた

中村桂子

上記記事で、最初「中村圭子」と間違って書いていた。はてなの自動リンクで気が付いた。美術系に中村圭子さんってのがいたんですねえ。中村桂子がキーワード登録されていないのはけしからんと思ったけど、30日以上日記を書いて、はてなダイアリー市民にならないと登録できないんだと。