NATROMのブログ

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ほうれん草と尿路結石のリスク

id:ohchidaniさんのブックマークコメント( http://b.hatena.ne.jp/entry/366796737/comment/ohchidani )に対するお返事です。ご呈示の論文( https://academic.oup.com/advances/article/2/3/254/4591486 )は、ざっとしか拝見していませんが、「(食事由来のシュウ酸は)ほぼ吸収されないし、やはり気にしなくていいという結論」とは読み取れませんでした。サマリには、

Because virtually all absorbed oxalic acid is excreted in the urine and hyperoxaluria is known to be a considerable risk factor for urolithiasis, it is important to understand the factors that have the potential to alter the efficiency of oxalate absorption.

「吸収された食事由来のシュウ酸は実質的にすべて尿に排出され、尿中のシュウ酸は尿路結石のリスクなのだから、シュウ酸の吸収効率を変化させうる要因を理解するのは大事だ」という感じです。「シュウ酸はほぼ吸収されないので気にしなくていい」という主張は、この論文の前提と真っ向から対立します。イントロダクションでは、


Although it was reported that dietary oxalate contributes no more than 10–20% of the oxalate excreted in urine under normal conditions (1, 2), more recent work (5, 6) suggested that even in the absence of gastrointestinal disorders, intestinal absorption of dietary oxalate can make a more considerable contribution to urinary oxalate output.

「昔は、食事由来のシュウ酸の寄与は大したことない(10-20%)と思われていたけど、最近の研究では、食事由来のシュウ酸は尿中シュウ酸排泄にもっと寄与していることが示唆された」という感じ。Liebmanらは「プロバイオティクス(や他の要因)がシュウ酸吸収に影響していることの重要性」を述べたいわけですから、当然です。

たぶん、プロバイオティクスがメインの論点。シュウ酸分解細菌とかあるらしいです。今のところは「プロバイオティクスは尿路結石を明らかに抑制する」とまでは言えず、その理由としてプロバイオティクス以外の食事要因を挙げているんじゃないでしょうか(つまり「プロバイオティクスが食事由来のシュウ酸の吸収を抑制して尿路結石を予防するという我々のやり方は基本は間違っておらず、そのほかの要因を統制すれば効果があるはずだ」とLiebmanらは言いたい)。結論には、


Oxalate absorption appears to occur throughout the GIT and absorption of dietary oxalate can make a considerable contribution to urinary oxalate output.

「シュウ酸吸収は消化管全体で起こっているようで、食事由来のシュウ酸は尿中シュウ酸排泄に寄与しうる」という感じ。Liebmanは、Taylor ENよりずっと食事由来のシュウ酸を重視しているように見えます。Liebmanさんに、「食事中のシュウ酸はほぼ吸収されないし、気にしなくていいのでは?」なんて尋ねたら、「そんなことないよ!」と全力で否定すると思います。「食事由来のシュウ酸は吸収されます。それを何とかしたくて私は研究しているんだよ。私が研究しているシュウ酸分解細菌を含むプロバイオティック製剤は、きっと効果があるよ」とか言いそうです。

それはそれとして、「そもそも医療関係者がメディアで害を煽りすぎていませんか」というohchidaniさんのご指摘は一定の合理性があって、アレを食べてはいけないとか、コレを食べると病気になるとか、言われ過ぎだと思います。食事の楽しみというのはQOLに直結する要因で、病気の予防や治療に役立つなら食事の楽しみなんて二の次、というような考え方は訂正されるべきだと考えます。

「尿路結石の相対リスク1.3倍ぐらいなら俺は気にせずにほうれん草を食べるぜ」というのはぜんぜん自由です。ただ、いくらなんでも、「生で1 kg毎日食べ続けない限り心配ない」というのはダメでしょう。食べるならリスクを理解した上で。

2-15%という数字は果たして大騒ぎする程の話か


はい。ブコメは文字数が限られてますので私も大変雑な要約になった点は申し訳ないです。ただ、2-15%という数字は果たして大騒ぎする程の話かと思いますが。ほうれん草を食べるのを控えようという話になりますか?

2〜15%というのはbioavailability(食事中のシュウ酸が吸収される割合)の話で、シュウ酸のリスクとは直接関係しません。内因性のシュウ酸と外因性のシュウ酸の比のほうが重要で、もっと重要なのが実際に疫学的に観察された食事中のシュウ酸の量と尿路結石の関連です。(Liebmanは「2〜15%」という数字を「少ない、ほとんど吸収されない」というよりも、「ぶれがある。工夫次第でbioavailabilityを下げられる。たとえば私のプロバイオティクスとかで」と言いたくて出したのでは)

食事中の物質Xと疾患Aの関連を知りたいとしましょう。尿中の物質Xの濃度と疾患Aの関連は既知だとします。物質Xのbioavailabilityが1%であっても、食事中の物質Xと疾患Aが強い関連を持つ場合もありえます。内因性の物質Xがなく、尿中の物質Xの濃度は食事中の物質Xに規定される、といったケースです。

逆に物質Xのbioavailabilityが100%であっても、食事中の物質Xと疾患Aの関連はほぼない、という場合もあります。吸収される物質Xの量と比べてきわめて大量の内因性の物質Xが生体内で合成されており、たとえ100%吸収されるとしても誤差範囲内、というケースです。

内因性のシュウ酸と外因性のシュウ酸の比はどうやらよくわかっていないようで、「約70%は外因性」だ、という数字もあれば、"estimates range from 10 to 50%"という数字もあって、どっちなんだYO!という感じです。ただ、これも10%だろうが70%だろうが、本当に大事なのは、シュウ酸の多い食事が尿路結石のリスクになるかどうか、です。疫学的にリスク上昇が観察されたなら、そちらを重要視するべきです。

ほうれん草の摂取の尿路結石発症における相対リスクは、コホート集団によってぶれがあるものの、おおむね約1.3倍ぐらいです。これを「大騒ぎする程の話か」どうかは主観も入りますので、大騒ぎしなくていいと考える人もいるかもしれません。受動喫煙の肺がんにおける相対リスクがだいたいそれぐらいです。受動喫煙は肺がんの"major risk factor"ではありません。でも"modest associations"はあるわけです。「大騒ぎする程の話か」と考える人もいるでしょうが、医療従事者にとっては無視できるような数値とは言えません。

また、仮に受動喫煙以外の肺がんリスク要因の話が持ち上がってきて、新しい観点からの分析が進んでいるとして、受動喫煙がリスク要因であることは否定されません。どこまで受動喫煙を規制するかは社会的に考えるべきでしょうが、「気にしなくていい」「あんまり関係ないんじゃね」という結論にはならないように思われます。

前時代的フードファディズムとして批判されるべき対象はほかにもあるのではないでしょうか。シュウ酸(あるいはほうれん草)と尿路結石のリスクは、コホート研究で示され、メカニズムとしても合理的です。「生で1 kg毎日食べ続けない限り心配ない、は不適切」「食べ過ぎない程度に食べるのが賢明」はごく妥当な主張だと思われます。なぜそこまでこだわるのかよくわかりません。