NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「近親婚タブー」は血縁淘汰説を否定するか?

「自分の皮膚細胞から卵子と精子を作り、それを受精させて、もう一人の「若々しい別な自分」(クローン)を誕生させることも、理論的には可能になる」と書いちゃったダイアモンド・オンラインの安藤茂彌氏による記事に、以下のようなブックマークコメントがついた。


■はてなブックマーク - blueboy のブックマーク - 2012年10月30日


blueboy 「自分で卵子と精子」はクローンでなくて何か? 血縁度100%の究極の近親婚だ。それで劣性遺伝病発現(id:NATROM)ということは血縁度の高さが不利なことを示す。「自分の遺伝子を増やすため」というドーキンス説を否定。


『「自分で卵子と精子」はクローンでなくて何か? 血縁度100%の究極の近親婚だ』という部分は二通りの解釈が可能である。一つは『「自分で卵子と精子」はクローンではない。クローンではなく「血縁度100%の究極の近親婚」である』という解釈。もう一つは『「自分で卵子と精子」がクローンでないとしたら何だというのか。「自分で卵子と精子」はクローン、つまり、血縁度100%の究極の近親婚のことである』。後者であれば安藤茂彌氏と同じ誤りに陥っているということになる。念のためにご本人に確認したところ、前者の解釈とのことである。

後半の「それで劣性遺伝病発現(id:NATROM)ということは血縁度の高さが不利なことを示す。「自分の遺伝子を増やすため」というドーキンス説を否定」という部分も、意味がよくわからないという人もいるだろう。これは、■Open ブログ: ◆ 近親婚のタブー(自分の遺伝子)および、そのコメント欄にヒントがある。ブックマークコメントを書いたblueboy氏はOpen ブログの管理人である南堂久史氏であると思われる。南堂氏は、「生物学的に近親交配が厭われている」という事実は、「血縁淘汰説や利己的遺伝子説の発想とは、矛盾する」と主張している。その結果「(生物は自分の遺伝子を残そうとするという)血縁淘汰説や利己的遺伝子説の説明は、成立しない」と結論している。

ハミルトンが提唱しドーキンスがその著作「利己的な遺伝子」にて紹介した血縁淘汰説(および関連する進化理論)は、教科書にも載るようなオーソドックスな学説とみなされている。だが、南堂氏は「血縁淘汰説は間違った学説」だと述べている*1。私の知る限りでは、その主張を論文としては発表していない。ブログのエントリーにて述べているだけである。論文になるような質の主張ではないからであろう。相手にする専門家はいない。

もし仮に「近親婚のタブー」が血縁淘汰説を否定するものだとしよう。となると、ハミルトンやドーキンスをはじめとして、血縁淘汰説を受け入れた進化生物学者たちが全員見落としていた事実に、南堂氏のみが気がついたということになる。南堂氏はご自身を超天才だとでも思っているのであろうか。実際、南堂氏は文字コード現代数学量子力学医学にも一家言ある。これら各分野の南堂氏の主張が妥当であるなら、南堂氏は平成の万能大学者ということになろう。

私は文字コードや現代数学や量子力学についてはまったくの専門外である。しかしながら、これらについての南堂氏の主張は間違っており、南堂氏を批判する側が正しいであろうと推測している。なぜならば、進化生物学については「ちょっと詳しい素人」として、医学については現役の内科医として、南堂氏の主張が誤っていると自信を持って言えるからだ。

原理的には分野Aについてデタラメを言っているけれども、分野Bについてはまっとうなことを言っている、ということもありうる。たとえば分野Bの専門家が専門外について述べている場合がそうだ。しかしながら、南堂氏の場合においては、自分の主張を内省的に検討する能力の欠如(つまり「近親婚のタブーが血縁淘汰説を否定する」という主張が正しいならプロの科学者がとっくに思いついているはずではないか、だとしたらこの主張は間違っている可能性高い、などと思えるかどうか)が、さまざまな分野における主張に結びついているように思われる。文字コードか現代数学か量子力学には詳しいという読者のみなさまにはご同意いただけるものと思う。

「近親婚のタブー」が血縁淘汰説を否定するという主張に対する反論は容易である。近親婚で劣性遺伝病が発現しやすいならば、近親婚を避ける個体(あるいはそのような行動を促す遺伝子)は、近親婚を厭わないライバルの個体(あるいは遺伝子)と比較して、ダーウィン的な意味で成功を収める。このことはドーキンスからして、その著書「利己的な遺伝子」で述べている。



…近親相姦は単に緩やかに有害なだけではない。それは潜在的に破滅をもたらすものである。積極的な近親相姦の回避への淘汰は、自然界でこれまで計測されてきたいかなる淘汰圧に劣らず強力なものでありうる。(2006年「利己的な遺伝子 増補新装版」P455、1991年版だとP468)


「生物学的に近親交配が厭われている」ことは別にオーソドックスなダーウィン進化論と矛盾しない。「近親婚のタブー」が「血縁淘汰説や利己的遺伝子説の発想と矛盾」しているように見えるのは、単に南堂氏が血縁淘汰説を理解していないからである。驚くべきことに、南堂氏はドーキンス説を批判する(あるいは「修正する」)にあたって、ドーキンスの著作からほとんど引用していない(その代わりに「YAHOO!知恵袋」から引用したりしている)。ほとんどいうか、私が読んだ範囲内では皆無である。南堂氏は「利己的な遺伝子」を読んでいないと私はにらんでいる。

この私の記事に対する南堂氏による反論も概ね予想できる。おそらくは内容についてはまともな反論はできず「トンデモマニアが誤読で的外れな批判をしている」というものであろう。どちらか正しいかは読者が判断することである。最低限の科学リテラシーを持った読者なら、南堂氏の以下の主張を読んだだけで正しい判断ができるであろう。


■進化論 Q&A


 Q  学会誌に投稿すれば?
 A  学会誌というものは、既存の学会を発展させるためにあるのであって、既存の学会を全否定するためにあるのではありません。そんな論文は、ボツです。(「おまえらみんな間違っているぞ」と言われたら、誰だって、怒り狂うでしょう。)
 「天動説」学会に、「地動説」の論文を提出しても、ボツは確実です。ガリレオの場合、猛烈な批判を浴びて、吊し上げでした。宗教裁判。彼はひどい実害を受けました。

*1:URL:http://openblog.meblog.biz/article/10798064.html

進化に関係する本3冊

みんなが知りたい化石の疑問50


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■みんなが知りたい化石の疑問50 北村雄一(著)


2011年初版。著者の北村雄一は、カバーによれば、「フリージャーナリスト兼イラストレーター」と紹介されている。おそらくは中学生〜高校生向けに書かれたのだろう。文章は平易で読みやすい。カバーに「Webリサーチで集めた疑問をもとに、化石が具体的になにを解き明かしてくれるのかを、写真や復元図を交えながら解説していきます」とある。タイトルにあるように、化石についての疑問、たとえば、「化石と鉱物はどう違うの?」「いつの時代の化石ってどうすればわかるの?」「人工的に化石をつくることは可能?」などといった疑問に答えていく形式だ。オールカラーで写真も豊富である。黄鉄鉱化したアンモナイト、建物の壁の石灰岩に含まれる化石の写真などが美しい。

この手の本は、どうかすると、とんでもないハズレのときがある。ライターが不勉強で、手抜きで書かれることもあるからだ。しかし、この本については、私は著者を信用して買った。この本の著者である北村雄一氏のサイトは以前から知っていた。とくに分岐学について異様に詳しい*1。また、ずいぶん前だが、「恐竜と遊ぼう」 博物館で恐竜を100倍楽しむ方法については買って読んだ*2。子供向けでありながら、それでいてマニアックな本であった。

「みんなが知りたい化石の疑問50」も、文章は平易であるが、内容が低レベルと言うわけでは決してない。とくに分岐学に関してはそうだ。後述する2冊の本にも共通するが、化石だけでなく、科学の方法論についての本でもある。

ありえない!? 生物進化論 データで語る進化の新事実 クジラは昔、カバだった!


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■ありえない!? 生物進化論 データで語る進化の新事実 クジラは昔、カバだった! 北村雄一(著)


同じサイエンス・アイ新書のシリーズ。2008年初版。正確には、クジラは昔カバだったわけではなく、クジラとカバは比較的新しい共通祖先を共有するということだろう。この本は主に分岐学を扱っている。それも、単に、「クジラとカバは近縁だった」「鳥は恐竜である」という結論を述べるだけではなく、なぜそのような結論が得られるのか、というプロセスを説明している。言いかえれば、歴史を扱う科学の方法論について述べている。

通俗的な科学者のイメージは、フラスコを持った白衣の人物である。フラスコ内で物質Aと物質Bを混合すると現象Cが起こることは、何度でも繰り返せる。「科学は再現可能性を必要条件とする。歴史は再現できないので科学の要件を満たさない」などという誤解はよく見られる*3。ならば、進化生物学は科学ではないのか?過去に起こったことをどうやって科学的に検証できるのか?タイムマシンがない限り、過去に起こったことは科学的に扱えないのではないか?進化生物学者であり、科学エッセイでも有名だった故グールドはしばしば歴史を扱う科学の方法論についての話題を扱ったが、この本ではグールドよりもわかりやすく説明されている。イラストが読者の理解の助けになっている。このようなイラストが、ほとんど毎ページに出ている。






サイン配列とは、短い散在性の反復配列で、自分自身をコピーして増える性質を持つ。一旦ゲノムの特定の部分に挿入されたらその変化は遺伝する。本書では、羽毛のような表現型と比較して、サイン配列は強力な証拠であると論じている。羽毛は独立に複数回進化したかもしれない。一方、ゲノムの全く同じ部分に独立してサイン配列が挿入される確率は事実上ゼロである。


ダーウィン『種の起源』を読む

中高生向けの本ばかりではない。cover■ダーウィン『種の起源』を読むでは、2009年の「科学ジャーナリスト大賞」(日本科学技術ジャーナリスト会議主催)を取っている*4。タイトル通り、ダーウィンの「種の起源」を解説した本である。「いまさら種の起源?」と考えるのは間違いである。



『種の起源』は現代進化理論の始まりとなった本だ。しかし、150年前に書かれたその内容たるや、初心者向けとは決していえない。学生向けの教科書ですらないだろう。この本を読んでそれを十分理解するには現代進化学の知識と成果が必要だろう。ダーウィンがこの本で申し述べたことは古いと同時にとても新しいのである。私たちは150年前のこの本を読むことで、150年の歳月と150年の知識と150年前から届いた最先端を知ることになるだろう。(P16)


理解しにくい部分は、著者によって、「日本人にとって身近な生物の例や、最近の研究成果も取り上げて」説明が補足されている。思うに、「種の起源」という本は、それぞれの時代や地域の解説者によって解説されるべき本なのだろう。「種の起源」の原著は、150年前のイギリス人(その中でも教育水準の高い人たち)向けに書かれた本なのだから。

*1:いまだ工事中であるが、■架空進化シリーズ:ボウシ島の冒険は、一読の価値がある

*2:■進化論と創造論についての掲示板ログ113によると2002年であった。9年前

*3:URL:http://twitter.com/#!/HayakawaYukio/status/38749858563239936

*4:■科学ジャーナリスト大賞2009北村雄一さん「サイエンスライターは絶滅す」 | 科学技術のアネクドート

「進化の存在証明」

ドーキンスの新刊の進化の存在証明coverを読み終えた。垂水雄二訳。巻頭に30ページ以上のカラー口絵がついている。本屋で見かけたら、口絵の部分だけでもざっと見るべき。私のお勧めは、シファカ(マダガスカルのサル)のダンス。


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シファカのダンス


さて、本の内容はタイトル「進化の存在証明」そのまんま。さまざまな証拠を提示しつつ生物進化が事実であることを示している。科学について少しでももののわかった人ならば生物進化を疑ったりはしないが、それにも関わらずドーキンスがこの本を書いたのは、もちろん、主に宗教的な理由で進化を信じない人たちが少なからず存在するからである。残念なことに、一番この本を読まなければならない人たちのほとんどは、これほどのボリュームのある本は読まないだろう。かような本を読むだけの能力があれば、それほど簡単に進化論否定にはまったりしない。



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お手軽に読めるという厚さではない


想定読者は反進化論者ではなく、別に進化を否定はしていないがもうちょっと詳しく知りたいと思っているような人たちなのだろう。他の科学の分野と同じく、進化生物学は驚きに満ちており、知的好奇心を刺激してくれる。化石証拠の「ミッシンクリンク」については第6章および、特に人類化石は第7章で述べられる。第9章と第10章では、たとえ化石がまったく残っていなかったとしても、現生種の地理的分布や比較によって、進化が起こった証拠として十分であることが示される。第11章「私たちのいたるところに記された歴史」では、生物の体の「設計」が系統発生に伴う制約を受けていることを扱う。

総論としては、目新しい主張はない。中間種についての説明はもはやFAQと言えるし、現生種の地理的分布や比較は、ダーウィンからして「種の起源」で述べている。系統発生に伴う歴史的な制約については、スティーブン・J・グールドの「パンダの親指」というエッセイが有名だ。だいたいが、生物進化は100年以上も前に科学者の間では受け入れられていたわけで、いまさら新しい証拠は必要ない。だけれども、より詳しく知りたいという科学者の欲求によって、進化生物学に関する知見は現在も更新され続けてきている。「進化の存在証明」では、最新の知見も取り入れている。

P266にて、鰭脚類(アザラシ、アシカ、セイウチ類)の進化の空白を埋める「新しい化石が見つかった」ニュースについて述べられているが、これはNature誌の2009年の4月23日号*1のことである。P275の追記では、「2009年5月19日、この本の校正をしているときに、キツネザルに近い霊長類と真猿類に近い霊長類のあいだの「ミッシング・リンク」がオンライン科学雑誌PLOS Oneに報告された」とある。アマゾンを見てみたら、原著は2009年9月22日発売だった。訳書の発行日は2009年11月25日。垂水雄二が2ヶ月でやってくれました。他のドーキンスの本も早く訳して欲しい*2


*1:Rybczynski et al., A semi-aquatic Arctic mammalian carnivore from the Miocene epoch and origin of Pinnipedia, Nature 458, 1021-1024 (2009)

*2:原著を読めって?ごもっとも。でも、私が原著を買って読み始めたときに限って、すぐに訳本が出版されるのだ