NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「血圧が高いと心筋梗塞になりやすい」と、どのような方法でわかったのか?世界中の命を救った研究

『医師が教える 最善の健康法』が、本日、2019年6月24日に発売されます。

ブログと書籍の大きな違いとして、書籍は編集者によっても手が入りブラッシュされる点があります。ブログは書きたいことを字数制限を気にせずに書けるという気楽さがある一方、書籍は編集者によるチェックが入るぶんだけ質の向上が見込めます。内容や表現について何度もやり取りいたしました。分量の調節や前後の入れ替えなどによっても読みやすくなっていると思います。

ただ、その過程で、どうしても本書に入りきれなかった項目がいくつかあります。古典的なコホート研究である「フラミンガム研究」の紹介がその一つです。いまでは当たり前になっている「高血圧は心疾患のリスク因子である」といった医学的事実がどのようにわかってきたかの解説です。加えて、「症状がなくてもリスク因子を持つ人に介入して将来の疾病を予防しよう」という考え方のはじまりでもありました。パラダイムシフトといっていいでしょう。

私の記憶だけで文献で確認できませんでしたので本文には書きませんでしたが、フラミンガムの患者さんが他の地域で診察を受けたとき、患者がフラミンガム出身だと知られると、医師から握手を求められ感謝の言葉を述べられたこともあったと聞きます。フラミンガム研究に協力してくださった住民たちは医師から尊敬と感謝を集めています。世界中の心臓病の患者さんの命を救った大規模コホート研究、それがフラミンガム研究です。以下では、『医師が教える 最善の健康法』に入るはずだったフラミンガム研究のくだりを掲載します。


フラミンガム研究とその発展

さて、「血圧が高いと心筋梗塞になりやすいかどうか」はどうしたらわかるでしょうか? 心筋梗塞の患者さんをたくさん集めて血圧を測って、健康な人と比べてもわかりませんよ。血圧が高いせいで心筋梗塞になったのか、それとも心筋梗塞になったせいで血圧が高いのか区別できないからです。

高血圧が心筋梗塞の原因になるかどうかは、ある時点で心筋梗塞になっていない人のうち、<血圧が高い人>と<血圧が高くない人>をたくさん集めて一定の期間追跡し、それぞれの集団から心筋梗塞がどのくらい発症するかを数えて比較すればわかります。そう、コホート研究です。

1948年に開始された「フラミンガム研究」は、最も成功したコホート研究の一つです(※1)。アメリカ合衆国のマサチューセッツ州の町・フラミンガムの住人(28~62歳)約5000人を対象に、喫煙習慣、血圧、コレステロール値などを測定し、長期間に渡って追跡調査しました。その結果、喫煙、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病などの危険因子を持つ人からは心筋梗塞(冠動脈疾患)が多く発症することが観察されました。また、心筋梗塞だけでなく脳血管障害も増えることが確認されました。こうした危険因子が動脈硬化を悪化させ様々な病気を起こすことを今では誰もが知っているのは、フラミンガム研究をはじめとしたコホート研究のおかげです。なお、フラミンガム研究は現在も続けられ ています。

高血圧に対する降圧薬投与が心筋梗塞を予防する効果があるかどうかは、別に検証する必要があります。1960年代の高血圧のランダム化比較試験では、大変に顕著な効果が観察されました(※2)。拡張期血圧が115~129mmHgの男性143人をランダムに介入群(降圧薬)と対照群(プラセボ)に分け約1年半間観察したところ、死亡・脳出血・高血圧性網膜症・心不全といったイベントが、介入群には2例、対照群には27例起きました。現在の基準からは拡張期血圧120mmHg前後というのはかなり重症の高血圧です。いまではこのような重症の高血圧に対してプラセボを投与する群を設定する臨床試験は倫理的に許されません。

その後、高血圧の治療法はどんどん進歩しています。コホート研究といった観察研究で危険因子を発見し、ランダム化比較試験で治療法を検証する方法で様々な病気が予防され、多くの人の命を救いました。どのくらいの高血圧に対してどのくらい血圧を下げればいいのか、どのような種類の降圧薬がいいのか、高齢者ではどうか、糖尿病の患者さんではどうかなど、たくさんの臨床試験が行われて検証されています。初期の頃と違って、軽症の高血圧に対する効果を検証しますので、何万人もの人を長期間追跡する大規模な研究が必要になっています。

※1 フラミンガム研究
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24084292

※2 1967年の高血圧に対するランダム化比較試験
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/4862069


『医師が教える 最善の健康法』の「はじめに」

2019年6月24日発売の『最善の健康法』の「はじめに」を公開いたします。

はじめに

 昔から長寿は人類の憧れでした。もちろん、ただ長生きするだけではなく、健康でいられることも条件です。かなり多くの方が健康で長生きしたいと願っているのではないでしょうか。私も健康で長生きしたいと思っています。
 しかし、「どうすれば健康で長生きできるか」という問いに答えるのは難しいことです。私は内科医ですから、病気の人を診るのは慣れています。しかし、病気のない人が健康で長生きする方法というのは、内科学からは少し外れます。
 まず思いつくのは、健康で長生きしている人の生活習慣を真似ること。ただ、一人や数人では心もとないです。タバコを吸っていても長生きする人はいます。不健康な生活をしていても、運よく長生きしているだけかもしれません。では、たくさんの人に聞けばいいでしょうか。日本の高齢者は口をそろえて「昔は食べ物もロクになかったし、ワクチンや抗菌薬もなかった」と言うかもしれません。だからといって子どもの食事を制限し、医療を受けさせないほうがいいとは言えません。栄養状態が悪く医療も不十分だった時代には、子どもがたくさん死んでいました。丈夫な人たちが生き残って体験を話す、という偏りが生じているのです。
 偏りが生じにくいように他の条件が似た人をたくさん集め、どのような特徴を持っていると病気になりやすいのかを調べる「疫学」という学問があります。私たちがタバコは体に悪いことを知っているのは、他の条件がほぼ同じであれば、タバコを吸っていない人たちに比べて、吸っているという特徴を持っている人たちのほうが肺がんになりやすく、早死にしやすいことを証明した疫学研究のおかげです。
 本書では、原則として医学論文として発表された疫学研究や公的機関が定めたガイドラインを参考にしました。人間の集団を対象とした研究では、対象者や研究方法によって、結果は少しずつ異なります。その中で、なるべく日本人のデータを優先しました。また、できる限り、検査値などの間接的な指標ではなく、死亡や病気の発症といった生存や生活の質を評価した研究を参照しています。そうすることで、根拠のある「最善」を目指しました。
 健康情報は巷にあふれています。インターネットでも書店でも、健康や長寿のための情報はいくらでも手に入ります。でも、疫学研究ではなく、個人的な経験や思い込みに基づく情報のほうが多いでしょう。中には効果に乏しいだけでなく、逆に害がありそうなものも散見されます。そうした根拠に乏しい健康法をわざわざ手間や時間やお金をかけて行うのは馬鹿らしいことです。どうせやるなら、根拠があるものをやりましょう。
 根拠の有無以外にも大切なポイントがあります。ラクにできるかどうかです。ひどくつらい思いをして健康になるのは、割に合いません。どのようなことを、どのくらいつらいと思うのかには個人差があります。「少量の飲酒は体によい」というのは疑わしく、健康や長寿だけを考えるなら飲まないほうがいいかもしれませんが、私にとってお酒をやめることはつらいことです。人によってはタバコをやめるのはつらいと感じる人もいるでしょう。そこは、害の大きさとつらさを天秤にかけてください。コンセプトは「できることを無理なくやる」です。
 本書に書かれている健康法を実践しさえすれば、誰もが健康で長生きできるわけではありません。人間の健康状態や寿命は、誰にも予測できないからです。この本に書かれている健康法を完璧にこなしても、運が悪いと早死にします。例えば、膵臓がんのリスク因子である喫煙や大量飲酒を避けるのは有効ですが、それでも膵臓がんになるときはなります。つまり死ぬときは死にます。だいたい病気にならなくても、事故で死ぬことだってあるのです。
 ただ、だからといって何の努力もせずに諦めるのは極端でしょう。一つひとつの健康法には、健康と長寿の確率をほんの少し上げる程度の効果しかありませんが、それでも小さな効果を積み重ねれば、大きな結果が得られるかもしれません。本書が、みなさんの健康と長寿に役立つことを、みなさんが幸運にも健やかに長生きされることを祈っています。

新刊『医師が教える 最善の健康法』出ます

『医師が教える 最善の健康法』という本を書きました。内外出版社から2019年6月24日に発売です。

いまアマゾンの紹介文を読んだら、「前著『「ニセ医学」に騙されないために』で「ニセ医学」という言葉を世に定着させた内科医が、たくさんの世界的に認められた論文やガイドラインを丹念に読み、食事や睡眠、飲酒、検診、運動のことなど、健康で長生きする確率をあげるための最善の健康法を1冊にまとめました」と書いてありました*1。「ニセ医学」という言葉を世に定着させたのだそうですよ。

前著『「ニセ医学」に騙されないために』も、とても気に入っていて、良い評価もいただいたのだけれども、ニセ医学を批判するだけでは不十分なのは明らかです。誤った医学情報に反対するだけでなく、適切な医学情報を積極的に提供することもまた、重要です。ただ、適切な医学情報について書くといっても、これがなかなかたいへんでした。前著では「これはいくらなんでも真っ黒」という事例ばかりを扱ったので、ある意味、楽でした。一方で、適切な医学情報はどうでしょう。堅いところで、禁煙しましょうとか、お酒の飲みすぎは良くないとかです。ここまではよろしい。

では、適切な飲酒量はどうでしょうか。J字カーブといって、横軸に飲酒量、縦軸に健康リスク(たとえば全死亡率)をとってプロットすると、飲酒量が多すぎるとリスクが高いのは当然ですが、まったくの飲酒量ゼロでも若干リスクが高くなることが観察できる研究もあるのです。単純に解釈すると「少量の飲酒は体によい」ということになります。

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Jカーブ

もちろん、これはあまりにも単純すぎます。もともと健康に不安がある人はお酒を飲まないがゆえに飲酒ゼロ群がリスクが見かけ上高いだけかもしれません。あるいは、少量飲酒できるような人は社会経済的に恵まれているがゆえに健康リスクが低いのかもしれません。うがった見方をすれば、「少量飲酒なら健康リスクが低い」という研究にアルコール飲料メーカーの思惑が影響している可能性だってあります。

最近のある研究では、少量飲酒にも健康に悪影響があり、健康上の悪影響を最小にするアルコール消費量はゼロとされています。一方で、各種ガイドラインでは、「節度ある適度な飲酒」なら容認としていることが多いです。適切な飲酒量を考えるにあたって、一定の解釈の幅、あるいは、不確実性があるのです。

少量飲酒のリスクの大きさはさほど大きくありません。お酒から得られる楽しみのほうが大きいと考える人が飲むのはかまいません。ただ、重い肝臓病や膵疾患であれば話は変わってきます。適切な飲酒量を考えるには、不確実性に加え、人それぞれ個別の価値観や背景疾患やその他もろもろを考慮する必要があります。「最善」は個々の患者さんごとに異なります。医師は、患者さんの個別の事情に十分に配慮して診療すべきです。ただそれは診察室内での話で、書籍ではある程度は一般化して書かなければなりません。その辺りは苦労しましたが、編集者の協力もあってうまく書けたと自負しています。

本屋さんの棚を見ても、アマゾンのランキングを見ても、いわゆる健康本は(もちろんおすすめできる本もありますが)玉石混交です。『最善の健康法』が少しでも適切な医学情報の提供に役立てば幸いです。

*1:2019年5月25日午前0時45時点で変わっている。アマゾンの紹介文って変わるんだ…