NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

紛らわしい「ニセ医学」~免疫療法と幹細胞療法

2018年の医学関連ニュースといえば、なんといっても本庶佑先生のノーベル賞受賞であろう。がん細胞が免疫から逃れる仕組みを明らかにした。また、免疫チェックポイント阻害剤としてすでに臨床応用もされている。一番名前が知られているのは「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)だろう。当初は悪性黒色腫(メラノーマ)のみに使えたが、いまのところ肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がんに保険適応が通っている。

オプジーボ以前にも、前立腺がんに対するがんワクチンや膀胱がんに対するBCG膀胱内注入療法といった免疫療法はあったものの、がん治療は外科的切除・抗がん剤・放射線治療が3大療法で、免疫療法は主流外であった。自費診療のクリニックでときには数百万円という高額な免疫細胞治療が行われていたが効果は明確ではなかった。体内でがんが成長できるのは免疫機構を逃れる能力がもつからこそで、免疫細胞を増やして体内に戻すぐらいでは効かない。そして、このがん細胞が免疫機構を逃れる能力を標的とするのがオプジーボをはじめとした免疫チェックポイント阻害剤である。

つまり、保険適応になって効果の確かめられた免疫療法と、高価な対価を取って行われてきたインチキな免疫療法の両方がある。ノーベル賞が話題になったときに専門家から怪しい免疫療法に対する注意喚起がなされたのは記憶に新しい。BuzzFeedの■ノーベル賞受賞で相談殺到 誤解してほしくない免疫療法が参考になるだろう。

同じ名前で呼ばれる標準医療と「ニセ医学」の両方が存在することは、幹細胞療法も状況がよく似ている。幹細胞治療にも、白血病に対する骨髄移植をはじめとしたまっとうな治療と、効果が明らかではない高額な対価をとって行われているインチキな幹細胞療法の両方がある。『「ニセ医学」に騙されないために』では、自費診療クリニックでの幹細胞療法で肺塞栓の発症や死亡例があることを述べた。


 

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説



2017年には、アメリカ合衆国の「幹細胞クリニック」において、加齢黄斑変性に対する自家脂肪組織由来の「幹細胞」の硝子体内注射治療によって重度の視力障害にいたった事例が報告された*1。クリニックの医師は臨床試験登録を行っており、患者はその登録情報からクリニックを見つけた。しかし、書面による説明文書には臨床試験との関連は言及されていなかった。つまり、最先端の臨床試験を行っているように見せかけて患者を集めていることが疑われる。患者は5000ドルを支払い、安全性も有効性も確認されていない治療を同じ日に両眼に受けた(通常は片側ずつ行う)。患者の一人は両眼とも完全に失明した。

臨床試験登録もあてにならないとしたら、患者は何を信用したらよいだろうか。一つは高額な自己負担があるかどうかだ。BuzzFeedの記事でも勝俣範之医師が「受けてはいけない免疫療法」を見分けるコツの一つとして「保険がきかない自由診療であること」を挙げている。将来は医療費増大の問題のため、きわめて高額な治療は効果はあっても保険適応にならない可能性があるが、現時点では「あまりに高額な医療は避ける」という方針はかなり有効な方法だ。患者資金による臨床試験もなくはないが、患者側に十分な知識がなければ避けた方が無難であると思われる。『「ニセ医学」に騙されないために』において述べたように、先進医療を謳って高額の対価を取る自費診療には注意が必要である。

 
 

『ワールドトリガー』再開を祝って福岡市の玄界島の魅力を紹介します

週刊少年ジャンプにおいて、長らく休載されていた『ワールドトリガー』の連載が再開しました*1

ワールドトリガー 19 (ジャンプコミックス)

ワールドトリガー 19 (ジャンプコミックス)

『ワールドトリガー』は少年・少女たちが異次元からの侵略者と戦う漫画です。異世界の住民はこちらの世界のことを玄界(ミデン)と呼び、主人公の仲間を「玄界の猿」呼ばわりしたりします。

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そして玄界の名前の由来となったのが、福岡は博多湾の入り口にある島、玄界島です。

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まあウソですけど。今適当に想像して書きました。そして、以降の記事は『ワールドトリガー』は関係ありません(連載再開を喜んでいるという気持ちは本当です)。玄界島(ミデントウではなくゲンカイジマと呼びます)は観光名所とかではありません。一見すると何もないような島に見えますが、これがけっこう魅力にあふれる島なのです。

アクセス

玄界島行きの船は博多埠頭(博多ふ頭第1ターミナル)から出ています。博多埠頭までは健脚の方なら中洲川端から徒歩で20~30分間かけて歩くのもいいですが、バスが便利でしょう。天神もしくは博多駅からバスが1時間に2~4本ほど出ています。西鉄バスは中央のドアから乗って前のドアから降ります。交通系ICカードはたいてい使えます。カードがなければ乗るときに整理券を取って、降りるときに支払ってください。

天神からだとソラリアステージ前から「博多ふ頭(ベイサイドプレイス)方面」です。

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博多埠頭から玄界島への航路は一日7往復、運賃は片道860円、往復で1720円です。乗客は島民と釣り客がほとんどです。天候が悪いと欠航するので下手をすると玄界に置いていかれます。天気が悪いときは無理に島に渡らずあきらめましょう。玄界島までは片道35分間。近くもなく、遠くもなく、ちょうどいい距離だと私は思っていますがどうですか。

漁港ですから猫が多いです。勝手にえさをあげないようにしてください。

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玄界島には飲食店は一軒だけありますが予約が必要だそうです。売店はありますが、基本的には島の人たち向けで、また、日曜日は休みです。コンビニはありません。お弁当などは博多埠頭で購入して持参するのがいいでしょう。自動販売機やトイレは定期船待合所にあります。島を一周するなら一時間、集落付近だけなら30分間ぐらいで見て回れます。

地震からの復興とガンギ段(がんぎだん)

坂道と高低差のある住宅地ですね!狙撃手(スナイパー)が高い位置を取るとかなり有利です。

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玄界島の町並みは、パッと見、新しい印象を受けます。それは、2005年(平成17年)に福岡県西方沖地震によって壊滅的な打撃を受け、その後に復興したからです。19人が重軽傷を負い、全世帯の約9割に当たる214戸の住宅が被害を受けました。船着き場からすぐの広場には、地震の際の全島民の避難と、その後の復興について記録した碑があります。

こちらは平成19年に天皇皇后両陛下が玄界島をご訪問になったときに詠まれた歌の碑。

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拡大。

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ケアポートがんぎだん。

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「がんぎだん」とは、島の斜面に密集していた住宅の間を通っていた階段「ガンギ段」のことです。現在は住宅の間には立派な階段が整備され、車道も通っていますが、かつては車は集落の上までいけず、狭いガンギ段を重い荷物を背負って登っていたそうです。ガンギ段は島の西側にある小鷹神社の階段から想像できます。小鷹神社は平安時代の武将、百合若が飼っていた鷹に由来します。階段は傾斜が急で、転んだら命にかかわりそうです。ガンギ段はこういう階段だったのでしょうか。

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鷹だけにホークスにも縁があります。おかげさまでホークスは二連覇しました。

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地震後にはエレベータも設置されました。玄界の進歩も目覚ましい……。集落の西側にはヘリポートもあります。眺めもなかなかです。

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モノレールと旧玄界中学校

集落の東にはいまは使われていない荷物運搬用のモノレールがあります。西側にもあったそうですが見当たりません。荷物を背負って登る島の人たちの苦労を少しでも減らそうとして設置されたのでしょう。人々の暮らしを支えたモノレールが誇らしげに見えます。

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上から見たモノレール。

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ロープと金網で人は入れないので安心できるのでしょう。

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島の東の階段をどんどん上っていくと、新しくなった小中学校があります。

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眺めが最高です。

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イノシシ出没注意!!玄界島には猿はいませんが猪はいます。なんでも、九州大学が糸島に移転したために住み家を失った猪が海を渡って移り住んだとか。九大の猪だから頭がいいそうです。

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お前は猪じゃない。

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学校の脇の道をいってみましょう。猪が出てもおかしくないような道です。

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若宮神社を通りすぎてさらに行くと島の東にある廃校舎に出ます。運動場には錆びたコンダラが放置されていました。趣がある。私はこういう雰囲気が好きなのですが、みなさんはどうですか。

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島を一周してもいいですが、船の時間もありますので海岸沿いの道で集落に戻ってきました。余った時間は防波堤で魚釣りを見学したり、猫を愛でたりします。

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博多埠頭で食事とお風呂

玄界島から帰ってきたら博多埠頭でも楽しめます。「ベイサイドプレイス」というレジャースポットになっており、お店も多いです。私のお勧めは、ロシアンクレープ、お寿司、温泉。

第一ターミナルの切符売り場のすぐ横にある本場ロシアンクレープウズベキスタンパイ専門店「ペチカ」。もちもちっとしたクレープです。甘い系とおかず系とがあります。一度ここのおかず系クレープでビールを飲んでみたい。ぜったい合う。私は車で来ることが多いのでなかなか飲める機会がないのです。

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別棟の「湾岸市場」のお寿司。「寿司バイキング」とありますが食べ放題ではなく1貫97円です。私は回るやつもそうでないやつもけっこうお寿司は食べていますが、ここのはコストパフォーマンスに優れて美味いです。魚屋さんの直営で、夕方には売り切れていたりすることもあり、廃棄コストが小さい分だけいいネタを使えるのではないかと考えます。

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「湾岸市場」にはお肉屋さんやそのほかのお店も入っていて見て回るだけでも面白いです。

道路を渡って反対側、「みなと温泉 波葉の湯」。お風呂も快適です。ぬる湯は源泉かけ流し。露天風呂やサウナもあり。掃除が行き届いていつもキレイなのも気に入っています。

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玄界島に行くなら時刻表を見ながら予定を立てましょう。たとえば、ちょっと早めに博多埠頭に着いてベイサイドプレイスでお弁当を購入し、11時20分博多発の船で玄界島へ。2時間半ほど島でお弁当でも食べながらゆっくりして14時30分の船で博多港に戻り、ひとっ風呂浴びて帰るというのはどうでしょう。あるいは先にベイサイドプレイスでお昼ご飯を食べて、13時30分博多港発の船で玄界島へ行き、17時35分の船で帰ってくるのもありです。

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福岡に旅行でいらっしゃ方はもちろん、福岡市に住んでいても玄界島に行ったことがない方はたくさんいらっしゃるでしょう。福岡市の中心部から一時間で行けるプチ離島、玄界島。ちょっと立ち寄ってみてはどうでしょうか。

*1:月刊誌「ジャンプSQ.」に移籍するそうですが

新装版『「ニセ医学」に騙されないために』、発売です。

以前から告知を行っていましたが、新装版『「ニセ医学」に騙されないために』が本日(11月29日)発売になりました。新装版についても、サイエンス・ライターの片瀬久美子さんが解説文を書いてくださいました。片瀬さんと出版社のご厚意によりウェブ上でも読めます→新装版『「ニセ医学」に騙されないために』解説文 - warbler’s diary。 また、インタビュー記事も公開されました→書籍『新装版「ニセ医学」に騙されないために』発売記念! 内科医・名取宏先生 インタビュー

 

多くの方々のおかげで出版ができました。ありがとうございます。

 

 

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

 

 

 

本文は4年前の本と大きな変更はありませんが、「はじめに」だけは大幅に書き直しています。そこで、今回は「はじめに」をブログで公開いたします。

 

 

はじめに

 

「ニセ医学」とは、医学のふりをしているが医学的な根拠のない、インチキ医学のことである。大雑把にくくれば、ニセ医学はニセ科学に含まれる。ニセ科学とは、科学のような見かけをしているが、科学的な根拠のないものだ。たとえば、血液型と性格には強い関係があるという『血液型性格診断』、水に「ありがとう」という言葉をかけて凍らせるときれいな結晶ができるという『水からの伝言』などがある。これらのニセ科学は、人事に利用されたり、教育の現場に入り込んだりして問題となっている。

ニセ科学の中でも、特にニセ医学は人の健康に悪影響を与えうるので、より注意が必要だ。ニセ医学そのものに害があることもあれば、そうでなくても通常の医療から患者さんを遠ざけてしまう危険性もある。通常の医療にも限界はあり、さまざまな問題点があるが、それでもニセ医学に頼るよりはずっとましである。

ただし、科学とニセ科学の境界が不明瞭なのと同様に、医学とニセ医学の境界も不明瞭だ。しかも、診療の現場では、医療制度や医療機関の事情、製薬会社の思惑、個々の医師の能力不足により、必ずしも医学的に正しい診療が行われないこともある。

この本では、そのようなグレーゾーンは扱わず、わかりやすいニセ医学の例を取り上げた。また、間違いを指摘するにあたって、詳しい専門的知識を必要とするものも省き、あまり医学に関心のない方にも読んでいただきやすいようにしようと試みた。

もしかしたら、掲載した例があまりにも荒唐無稽なので、こんなものに騙される患者さんが本当にいるのだろうかと疑う方もいるかもしれない。ところが、病気は心を弱らせる。元気なときなら「こんなものはインチキだ」と冷静に判断できる方でも、病気で弱ったときには「もしかたしたら効くかもしれない」と思ってしまうものだ。患者さんの不安に付け込むニセ医学の基本的な手口をあらかじめ知っておけば、いざ病気になったときも騙されにくくなるだろう。

本来なら、ニセ医学という言葉を使う必要がない、インチキ医学が存在しない世界が望ましい。ニセ医学に付け込まれるのは、患者さんに満足していただけないからだ。病気を完全に治すことは難しいとしても、苦痛を取り、患者さんの訴えに耳を傾け、丁寧に説明するなど、医療者ができることはいくらでもある。ニセ医学の危険性について注意を喚起するのと同時に、医療の質を高める努力も続けたい。

現代医学に対して不信感を持っておられる方もいらっしゃるであろう。医師の横柄な態度に不愉快になった経験もおありかもしれない。しかし、ニセ医学を信じる前に、医療機関を代えるなり、セカンドオピニオンを求めるなりで、もう一度標準的な医療を試していただたい。きっと、信頼できる主治医が見つかるだろうと思う。少なくともニセ医学に賭けるよりもずっとよい選択である。

本書は2014年が初版で、このたび新装版を出していただけることになった。初版は私がインターネット上で情報発信する際に使っているハンドルネームである”NATROM”という名前で出したが、ネットになじみのない読者の皆さんを困惑させることもあって、ペンネームを名取宏(なとり・ひろむ)に変更した。

初版以降、ニセ医学に警鐘を発するブログが増え、『日経メディカル』や『月刊保団連』といった医師向けのメディアでも記事が書かれるなど、ニセ医学という言葉も少しは知られるようになってきたと思う。医師だけではなくIT関係者の尽力もあって、不正確な医療情報が掲載された大手キュレーションサイトの問題点が指摘され非公開となったり、ネットの検索で信頼できないサイトの順位が下がったり、少しずつ状況は改善している。しかしながら、まだまだニセ医学の問題点は山積みであり、本書の有用性は変わっていない。

本書が、読者のみなさんご自身の、また大切なご家族やご友人の健康を守るための一助となれば幸いである。