NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

新装版『「ニセ医学」に騙されないために』、発売です。

以前から告知を行っていましたが、新装版『「ニセ医学」に騙されないために』が本日(11月29日)発売になりました。新装版についても、サイエンス・ライターの片瀬久美子さんが解説文を書いてくださいました。片瀬さんと出版社のご厚意によりウェブ上でも読めます→新装版『「ニセ医学」に騙されないために』解説文 - warbler’s diary。 また、インタビュー記事も公開されました→書籍『新装版「ニセ医学」に騙されないために』発売記念! 内科医・名取宏先生 インタビュー

 

多くの方々のおかげで出版ができました。ありがとうございます。

 

 

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

 

 

 

本文は4年前の本と大きな変更はありませんが、「はじめに」だけは大幅に書き直しています。そこで、今回は「はじめに」をブログで公開いたします。

 

 

はじめに

 

「ニセ医学」とは、医学のふりをしているが医学的な根拠のない、インチキ医学のことである。大雑把にくくれば、ニセ医学はニセ科学に含まれる。ニセ科学とは、科学のような見かけをしているが、科学的な根拠のないものだ。たとえば、血液型と性格には強い関係があるという『血液型性格診断』、水に「ありがとう」という言葉をかけて凍らせるときれいな結晶ができるという『水からの伝言』などがある。これらのニセ科学は、人事に利用されたり、教育の現場に入り込んだりして問題となっている。

ニセ科学の中でも、特にニセ医学は人の健康に悪影響を与えうるので、より注意が必要だ。ニセ医学そのものに害があることもあれば、そうでなくても通常の医療から患者さんを遠ざけてしまう危険性もある。通常の医療にも限界はあり、さまざまな問題点があるが、それでもニセ医学に頼るよりはずっとましである。

ただし、科学とニセ科学の境界が不明瞭なのと同様に、医学とニセ医学の境界も不明瞭だ。しかも、診療の現場では、医療制度や医療機関の事情、製薬会社の思惑、個々の医師の能力不足により、必ずしも医学的に正しい診療が行われないこともある。

この本では、そのようなグレーゾーンは扱わず、わかりやすいニセ医学の例を取り上げた。また、間違いを指摘するにあたって、詳しい専門的知識を必要とするものも省き、あまり医学に関心のない方にも読んでいただきやすいようにしようと試みた。

もしかしたら、掲載した例があまりにも荒唐無稽なので、こんなものに騙される患者さんが本当にいるのだろうかと疑う方もいるかもしれない。ところが、病気は心を弱らせる。元気なときなら「こんなものはインチキだ」と冷静に判断できる方でも、病気で弱ったときには「もしかたしたら効くかもしれない」と思ってしまうものだ。患者さんの不安に付け込むニセ医学の基本的な手口をあらかじめ知っておけば、いざ病気になったときも騙されにくくなるだろう。

本来なら、ニセ医学という言葉を使う必要がない、インチキ医学が存在しない世界が望ましい。ニセ医学に付け込まれるのは、患者さんに満足していただけないからだ。病気を完全に治すことは難しいとしても、苦痛を取り、患者さんの訴えに耳を傾け、丁寧に説明するなど、医療者ができることはいくらでもある。ニセ医学の危険性について注意を喚起するのと同時に、医療の質を高める努力も続けたい。

現代医学に対して不信感を持っておられる方もいらっしゃるであろう。医師の横柄な態度に不愉快になった経験もおありかもしれない。しかし、ニセ医学を信じる前に、医療機関を代えるなり、セカンドオピニオンを求めるなりで、もう一度標準的な医療を試していただたい。きっと、信頼できる主治医が見つかるだろうと思う。少なくともニセ医学に賭けるよりもずっとよい選択である。

本書は2014年が初版で、このたび新装版を出していただけることになった。初版は私がインターネット上で情報発信する際に使っているハンドルネームである”NATROM”という名前で出したが、ネットになじみのない読者の皆さんを困惑させることもあって、ペンネームを名取宏(なとり・ひろむ)に変更した。

初版以降、ニセ医学に警鐘を発するブログが増え、『日経メディカル』や『月刊保団連』といった医師向けのメディアでも記事が書かれるなど、ニセ医学という言葉も少しは知られるようになってきたと思う。医師だけではなくIT関係者の尽力もあって、不正確な医療情報が掲載された大手キュレーションサイトの問題点が指摘され非公開となったり、ネットの検索で信頼できないサイトの順位が下がったり、少しずつ状況は改善している。しかしながら、まだまだニセ医学の問題点は山積みであり、本書の有用性は変わっていない。

本書が、読者のみなさんご自身の、また大切なご家族やご友人の健康を守るための一助となれば幸いである。

 

はてなブログに移行しました。そして新装版『「ニセ医学」に騙されないために』が出ます!

はてなブログに移行しました

id:kanoseさんによると、はてなダイアリーはネット界の限界集落で、利用者はもはやダムの底に沈むと決まっている集落にがんとして住んでいるようなものなのだそうです*1。私はそんなことには気づいていなかった。いつも通りの生活をしていたら、「お前の家はダムに沈む運命なのだよ」と突然言われたようなもんです。そういやなんだか人通りが少ないとは思っていたんだよ。

そうは言っても引っ越しは面倒だし、住んでいる分にはまったく不都合を感じていなかったので放置していたら、運営から『「はてなダイアリー」終了のお知らせと「はてなブログ」への移行のお願い』というメールが届きました。ダムに沈むの確定。しかし、記事はもちろん、コメント、はてなブックマーク、はてなスターも移行できるそうで、こうしてはてなブログ移行してみたという次第。というか、今この文章を書いている時点ではまだ移行していないのです。コメントとか山ほどあるけど大丈夫かな…。まあ、皆さんがこの記事を読んでいるなら移行はうまくいったんでしょう。

Yahoo!のIDを取得したのが2000年ごろ。当時は掲示板が主戦場でした。まとまった文章を発表したければ、個人のウェブサイトでチマチマとアップロードしていたんですよ*2。2004年7月から、はてなダイアリーを利用しはじめました。14年前。私のインターネット歴の実に4分の3以上が、はてなダイアリーと共にあったというわけです。さようなら、はてなダイアリー。これまでありがとう。はてなダイアリーがなくなっても、私ははてな村の村民であり続けます。そしてこんにちは、はてなブログ。これからよろしくね。新しくはじめるブログのタイトルは『NATROMのブログ』です。

思えばいろんなことがありました。はてなダイアリーの書きはじめのころは、休日に魚釣り行ったとか、花見に行ったとか、日常生活のことをけっこう書いていました。今読み返すとけっこう楽しい。他には進化論とか医師の激務事情とかを書いていましたが、だんだんとニセ医学批判について書くことが増えてきました。2014年には「ニセ医学」についての本も出させていただきました。

新装版『「ニセ医学」に騙されないために』が出ます!

いろいろあって絶版になったのですが、このたび、いろいろあって新装版として復刊していただけることになりました。ありがとうございます。


出版予定日は2018年11月29日です。そしてこれを機会に"NATROM"から「名取宏」にペンネームを変更することにしました。「なとろむ」だから「名取宏(なとり・ひろむ)」です。はてなIDやツイッターのユーザー名はそのままなので、ペンネームを変更というかアカウント名を変更という感じです。

NATROMという著者名は、インターネットに慣れていない人たちにいくらかの混乱を招いたようです。NATROMっていったい誰?何国人?書店に並んだ本に「NATROM著」と書いてあったら怪しんで買わないってこともあるでしょう。ありがたいことに本を紹介していただける機会もたびたびあったのですが、そのたびに「NATROMとはインターネットでのハンドルネームである云々」という説明が必要になりました。無駄なコストです。

最初から日本人っぽいペンネームで出せば良かったんですが、当時は、「ペンネームで出したら『NATROMの日記』の読者に買ってもらえない」と思い込んでいたんですな。ただね、NATROMを知っている人が、たまたま本屋の店頭で本を見かけて「へえ、NATROM先生、本を出していたんだ。買おう」ってならないでしょ。ブログかツイッター経由で知って買うでしょ。

そんなわけで著者名は変わりました。しかし、「はじめに」以外の本文の内容はほとんど変わっていません。「ニセ医学だ」と批判していたものが新しい研究で「実はそうでもない」なんてことになっていたら改訂を余儀なくされていましたが、いまのところはありません。評価がひっくり返りそうなものを批判するのは避けましたし、言及しても「現時点において」とか「私の知る範囲内では」とか言い訳を入れていました。

医学の最先端のことを書いていたら、4年前の本は改訂する必要があったでしょう。ニセ医学はあんまり変わらないようです。ホメオパシーなんかは長い長い歴史があって、人死を出してもまだ消えていません。医学が完全でない以上、ニセ医学が消えることはありません。それでも「どうせ汚れるから掃除をしない」わけにもいきません。

ニセ医学そのものは変わらなくても、それを取り巻く状況は少しずつ変わっています。医師向けの業界紙でニセ医学の特集が組まれたり、ニセ医学を批判する本やブログが増えたりしています。そうした良い潮流に、『「ニセ医学」に騙されないために』の復刊が少しでも貢献できればうれしいです。

「生存率の上昇」と「死亡率の低下」は違います

■医師国家試験を解いてみよう。「がん検診の有効性を示す根拠はどれ?にて、『Wikipediaの「がん検診」にはbが正解であると書いてあるが…』とのブックマークコメントをenvsさんからいただきました。こうして疑問点について教えていただけることをたいへんにありがたく思います。

がん検診の有効性を示す根拠は、「b.検診で発見されたそのがんの患者の生存率の上昇」ではなく、「c.集団全体におけるそのがんの死亡率の低下」です。■がん検診 - Wikipediaには、


がん検診の有効性は、そのがん検診受診者の当該がんによる死亡率が、非受診者のそれよりも低下するかどうかで評価される。

とあります。当該がんによる死亡率の低下という部分がキモです。「死亡率が低下するってことはすなわち、生存率の上昇だ」とお考えの方もいるかもしれません。この辺りは初見殺しでして、「医師でもけっこう間違えている」理由として、"死亡率 = 1 − 生存率"という誤解があります。

"死亡率 = 1 − 生存率"ではありません。分母が異なります。死亡率の分母は集団全体*1で、がん患者以外の人をたくさん含みます。集団全体とは、「検診が開始される前の地域の全住民」「検診が開始された後の地域の全住民」だったり「がん検診を受診した人全員」「がん検診を受診していない人全員」だったりします。

一方で、生存率の分母はがん患者です。がん患者以外の人を含みません。「当院で2000年から2004年までに診断された膵がん患者」「当院で2005年から2009年までに診断された膵がん患者」とか、「治療Aを受けた子宮頸がんIII期患者」「治療Bを受けた子宮頸がんIII期患者」とかです。

死亡率の分母は集団全体ですので、たとえば膵がんの死亡率は「1年間あたり10万人あたり25人」「25人/10万人年」という感じで表現されます。パーセントだと数字が小さくなりすぎるので、死亡率ではほぼ使いません*2。一方で膵がんの生存率は「5年生存率は10%」という感じになります。治療法の評価は生存率で行います。治療法Aを受けた人たちの5年生存率が10%で、治療法Bを受けた人たちの5年生存率が20%だったら、治療法Bのほうがよい治療です*3

国家試験の問題文にある「b.検診で発見されたそのがんの患者の生存率の上昇」は、集団全体と比較しているのではなく、検診を行う前のがん患者の生存率と比較しています。生存率は集団全体と比較できません。

臨床医は治療法の評価を生存率で行うのに慣れきっていますので、がん検診の評価もつい生存率で考えてしまいます。ですが、すでに述べたように、がん検診の評価は生存率ではなく、がん死亡率で行わなければなりません。このことが十分に周知されていないのが、有効性に乏しい、あるいは、有効性が明確ではない検診が行われている原因の一つです。

ちなみに1 − 生存率を表す言葉で「致命率(致命割合)」というものがあります。詳しくは■死亡の指標とsivad氏の誤り - Interdisciplinaryを参照してください。致命割合のことを死亡率と呼ぶこともなくはないですが、厳密に言えば誤用です。

最後に、envsさんをはじめとしてコメントをくださったみなさまに、改めて感謝いたします。ありがとうございました。「なとろむは間違っている」などと突撃されたら反撃もしますが、「あれ?こうだと思っていたけど違うのかなあ」という方に殴り掛かるようなことはしません。ぜひ、気軽に疑問点を表明してください。

*1:細かいことを言うと集団全体×単位時間が分母

*2:細かいことを言うと集団全体×単位時間が分母なので数字が大きくてもパーセントを使ってはいけません

*3:ついでに言えばただ生存率といったときには全生存率を指し、死因は問いません。がんで死のうが治療の副作用で肺炎を起こして死のうが交通事故で死のうが、死亡は死亡です。一方で、膵がんの死亡率は膵がんで死亡した人だけをカウントします